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最終話 Walk on

1989年1月10日(水)_定時になると飛び出すように会社を出た。
電車を降り、時々時計を見ながら、オフィス街の人の流れを逆行して、ひた走る。目指すは大阪城ホール。オフィス街を抜けたところから、人の流れは、ホールへと変わっていた。

すでに開場になっていたけれど、ホールの周りには、まだ人の列が繋がっていて、みんながワクワクした表情で中に入るのを待っていた。

その列に交じり、わたしもドキドキしながら一緒に入場できるのを待った。もう何度も足を運んでいるホールなのに、今日だけは、明らかに興奮の度合いが違った。

ほどなく入場し、指定席に向う。席は、2階席の前から12列目。ようやく席を探し当てて会場を見渡した。ステージははるか遠くだ。


“これじゃあ、肉眼で顔なんか 絶対見えないんだろうな~~”

まだ、会場には人の数もまばら。だけどもう少ししたら、この会場が彼のファンでいっぱいになるんだと思うと、気持ちはさらに高揚していった。

「お待たせ!早かったなぁ~」

 ぼんやりと会場を眺めているところへ、部長が走りこんできた。

「ううん、わたしも今来たところ。それにしても早かったね。普段だったら、とても仕事なんて終れる時間じゃないのに(笑)?」
「こういうことは別やんか。目的のためなら何とでもする!」
「そう?じゃあ、普段は何にも目的が無いってことだよね~~(笑)」

そんな冗談を言い合いながら、ふたりとも、ライブが始まるのが待遠しくて仕方がない。

「しかし、すごいよなぁ~~。マスコミにも、TVにも出ないのに、ココまで集客できるんやからなぁ」
「ほんとね。凄いよね。遠い感じがする。席もだし、存在が・・・・」
「だけど、そうなることを願ってたんじゃないのか?絶対に世に出る人だって、確信があったからずっと見守りつづけてきたんじゃないのか?」
「う~ん?どうなんだろう?一番最初に出逢った時はそう思ったよ。こんな凄い歌を歌える人は、他にいない。絶対駆け上がっていく人だって…。だけど、周りにおだてられるような感じで、有名になって欲しくはなかったな。コマーシャルのために曲を書いたり、ワンパターンの曲ばかり作るような有名人には…」

「そうじゃなかったから、ここまで追いかけてきたんだろ?途中で避けてた時もあるけど・・・(笑)」

「そりゃ・・・あれだけバカにされたら傷つくよ。もういいって、思うよ。それに確かにあの頃は、“どうしちゃったんだろ?このままこの路線で歌いつづけるのかな?だったら嫌だな”って思ったよ。あの2枚組みが出なかったら、そのままもう離れてたかもしれない」

「だけど、復活したんだよなぁ~~。原点に戻ることで、誰の力も借りず自分の力でここまでたどり着いたんだからなぁ。彼の歌は、彼自身なんだろうな。赤裸々だから伝わるものがあるんだと思うよ。こんな世の中だって、諦めるな!自分の力を信じて、自分の足で歩いていけ!って言ってるみたいだよ」

「そうだね。どこかで、いつも励まされてきた。壁にぶつかった時、いつもあの歌を思い出したよ。このままじゃいけないんだって、また歩き出すことが出来た」

「おまえにとっては唯一無二の存在だったんだな」

「うん、部長よりね(笑)」

「おい!(笑)」

開演時間が近づくにつれ、席は埋まり会場の熱気はどんどん上昇していった。

初めて彼の歌を聴き始めて、もう13年の月日が流れていた。大学の学園祭で、初めて曲を聴いたときの衝撃は今でも体の奥に残っている。だけど、ここまで長く、彼を追いつづけるなんて思いもしなかった。

自分の歌いたい歌を求めて試行錯誤を繰り返し、10年かけてここまで辿りついた省吾。とても彼の比ではないけれど、わたしのこの10年も試行錯誤の連続だった。出逢いと別れを繰り返し、何度も壁にぶつかり、ボコボコにへこみながら、それでも歩き続けてきた。
歩いたところが道になり、歩き続けることで道が拓けていく。

そして、わたし自身も、やっと自分らしい歩き方を掴みかけている。わたしの行く先には、いつも省吾が歩いていたような気がする。そう、自分を信じて歩きつづけていればいいんだ。省吾のように私も!

「オープニングの曲は、何だと思う?」

「何でもいいよ。遠くからでも省吾の声が聴けたらいい。ここに彼がいるってことだけが嬉しい」

「そうだな。今日は俺にとっても初対面になるんやからな。楽しもう!」

あんなに彼のことを毛嫌いしてた部長が、ライブの始まりを、わたし以上にワクワクしながら待っている。不思議な光景だった。おかしいくらい信じられない光景だった。だけど、嬉しかった。

授業を終えて、制服のままカメラとカセットデッキを抱えて、ひとり楽器店の2階に通っていたわたしが、9年の時を経て、大切な人と今日ここに来くることができてとても、とても嬉しかった。

“これからは、ひとりじゃなく、この人とずっと一緒に歩いていくんだろうな”
大切にベールで包まれているステージを、本当に楽しそうに眺めている部長を、そんな気持ちでわたしは見ていた。そう思うと、胸が熱くなっていった。

人生の中で、今日ほど嬉しい日はおそらくないだろう。大袈裟だけど、心からそう思った。

開演を知らせるように、照明が落とされていく。会場内に、“わぁ~~~~!”という歓声と拍手が響きわたった。

いよいよ、ライブが始まる。ほんのわずかな時間だけど、今日は、省吾の歌を聴きながら、彼との再会を楽しもう。

省吾のように、私も一生懸命歩いてきたんだと伝えながら・・・。そして、これからも、あなたを追いかけて歩きつづけていくと誓いながら・・・。 

おわり

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