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28.夜行列車に揺られて

夜行列車が走り始めた。だんだんと京都から離れていく。

“これで、よかったんだろうか。でも、もう後戻りは出来ない…”

私の心の中は、嬉しいというよりも不安で広く覆われていた。向かい側に部長が座っている。でも、その顔をまっすぐに見ることができず、窓の外にある真っ暗い風景をぼんやりと眺めていた。

「かなりの時間、電車に乗ってなあかんから、眠れるときに寝といたほうがええよ」

部長も、口数の少ない私に気を遣ってくれたんだろうか_そう言って、持ってきた本に目をやっていた。

電車は、わたしの気持ちにお構いもなく、ひたすら東に向かって走る。それは、現実から、どんどん遠ざかっていくような気さえしていた。

「しばらく写真も撮られへんし、今まで撮リ歩いてきた場所で、心に残っているところをもう一度訪ねておこうと思うて…。けいちゃんにも見せたかったんや。俺が個展を開いたときに撮った場所。信州は、スケールがでかいから、写真には収まりきれへんかった。そやから、写真に撮られへんかった場所も見せたいと思った。絶対感動するから…」

部長の優しさが伝わってきた。でも、わたしはまだ迷っていた。部長のこと、たぶん好きだと思うけど、一緒に旅をするなんて思ってもみなかったから…。優しい言葉がずっしりと重く感じられた。


「けいちゃん、起きて。もう降りるよ・・・」_。

“いつの間に寝ちゃったんだろう?”

そんな部長のことばに、ビックリして目を覚ました。窓の外はすっかりと明るくなっていた。ローカル線の小さな駅に降り立つと、体が引き締まるように寒かった。

部長に誘導されながら改札を出る。

「今日、いちばんの感動を見せてあげるから…。ほら!」
「うわぁ~~~~!!」

私の目の前に、朝日をいっぱいに浴びた日本アルプスの山々が連なっていた。切り立った岩肌に真っ白い雪。目の前には、広い田畑が広がっている。早朝で、行き交う人など誰一人いないこの景色は、二人だけのために用意された1枚の風景画のように思えた。

わたしは、夢中で駆け出してその風景をカメラに収めようと、必死でシャッターを切った。この雄大な景色が、カメラに収まりきらないのは百も承知だったけど、部長のプレゼントしてくれたこの風景に、ただただ感動して、少しでも切り取って持って帰りたいと思った。


それから二人で、休むことなくこの小さな町を、カメラを持って歩き回った。道端にひっそりとたたずむ道祖神、緑が鮮やかなわさび農園、レンガづくりの美術館_。
部長が撮った写真をずっと見てきていたので、この場所はあの写真、この写真_と思い出すように眺め、そして私もシャッターを切った。

実力は全然及ばないけれど、同じ場所に立って同じようにシャッターを切れることが、とっても嬉しかった。

前夜まで、あんなに不安でいっぱいだったのに、今一緒に歩きながら同じ風景を見ていることを幸せに感じていた。

“迷ったけど、一緒についてきてよかった・・・”

心からそう思った。そう、そのときは…。

けれど、だんだんと日が暮れてゆき、人々が家路を急ぐ頃になると、わたしは、また不安になった。二人だけの夜が、これから始まる。部長と二人きりの、長い夜が・・・。 


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