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53. 業務命令

8.業務命令

入社して3ヶ月が過ぎた。
仕事は全部はこなせないが、どんな仕事をいつどんなポイントをおさえて行わなければいけないのかについては理解できてきた。また、手伝ってもらうばかりではなく、与えられた仕事くらいは、何とか一人でこなせるようになっていた。

梅雨明けとともに、大阪は一気に暑さが増してくる。

そんな中で満員電車に乗ると、駅につく頃には汗びっしょりになるので、電車の空いている時間帯にアパートを出て戻ってくるという毎日を送り始めていた。

朝は4時半起きで5時前に出かけ、帰ってくるのは早くても午後10時。1日のほとんどを会社で過ごしていた。
それでも、任されている仕事があるというだけで、疲れなんて感じていなかった。毎日が充実していて、楽しいなぁ~!と思えるようになっていた。
そんな中、わたしは業務責任者の酒田さんに呼ばれた。

「これからムネちゃんに女子社員のリーダーになってもらって、女子社員を束ねてもらうから・・・」

まだ入社して3ヶ月しかたってないいちばん下っ端のわたしが、勤続年数が4年や5年になる先輩を差し置いて、どうしてリーダーにならなきゃいけないの?やっと仕事を覚え始めたのところなのに、どうして?
突然の話に混乱している私に酒田さんは、

「君は、そのためにこの営業所に配属されたんやで。確かに入ったばかりやけど年齢はいちばん上だ。松田さんはムネちゃんと同い年やけど、彼女はもう結婚してる。あとどれくらいこの会社におれるかわからん状態なんやから・・・。営業所の中で年齢が一番上っていうのは、君やろ?そりゃ、大変かもしれんけど、これは所長からの業務命令やから・・・」

「そんな、、急に言われても・・・・」

会議室にひとり呼び出され、坂田さんの話を聞きながら、わたしは目の前が真っ暗になった。
所長に頑張っていることを認めてもらっていたことがわかって、とても嬉しかった。でも、職場には先輩が5人いるのだ。確かにわたしは彼女達よりも年齢は上だけど、年齢よりもキャリアを優先するのが組織の常識だということぐらい、社会人になりたてのわたしにだってわかる。

所長がGOサインを出しても、彼女達が納得するかどうか私がリーダーになることを受け入れてくれるかどうかが問題なのだ。

“絶対に無理だ!”直感でそう思った。

「もう、このことは、松田Aさんには伝えてるし。彼女がいる間にいろいろと教えてもらいなさい。力になってくれるだろうから・・・」

酒田さんは、所長からの指示を私に伝えて、一件落着という感じで安心している。

“そんなに、簡単に済まされるようなことじゃないのに・・・”

けれど、厳しくてワンマンな所長の命令なら従わざるを得ない。話を聞き終わったわたしは、うなだれて自分の席に戻った。そのあとは、しばらく何も手につかなかった。

「松田さん、酒田さんから聞いておられますよね。所長からの指示・・・わたしのこと」

「うん・・・・・。入ったばっかりで、いきなり大変な役目を押し付けられちゃって、ほんとに大変なことだと思うけど・・・・頑張って・・・・」

そう言いながらも、松田さんの表情にいつもの優しさはなかった。彼女自身も戸惑っているのだということが、はっきりわかった。

「わたし、はっきり言って迷惑です。そんな役を引き受けられるような状態じゃないのに・・・」
「・・・・・・・」

しばらく、二人とも沈黙が続いた。

「いますぐ、みんなを束ねてってことじゃないし、少しずつ その心づもりをしてたらいいよ。あんまり深く思いつめないでいいんじゃない?」
沈黙を打ち破るようにして言ってくれた松田さんのその言葉で少し救われた。


でも、わたしが予想していたとおり、このことをよく思わない先輩はやはりいた。そして、彼女から露骨な態度でそれを知らされる出来事が起こった。


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