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71. 約束の期限

「どうするの?」
「どうするのって・・・・?」
 
数井さんが会社を辞め、しばらくは、心の中にポッカリと穴が開いたような状態が続いた。
でも、定岡さんに叱られながら、それでも何とか仕事をこなそうと、朝早くから夜遅くまで働きつづけた。
気がつくと、会社に入って3度目の夏を迎えようとしていた。

そんなときに、部長からあの話を持ち出された。

「3年たったら_ってこと。もう、忘れた?」
「忘れてないよ。でも、どうするっていったって・・・わからないよ。まだ、仕事するのも精一杯だもん・・・。いきなりそんなこといわれても、困るよ」
「あの時、言ったはずだやろ?待てないよ、それ以上はって・・・。そういう気持ちがないんだったら、終わりにしようって・・・・」
「・・・・・・・・・」

 “イヤだ!”と、すぐに答えられなかったのは心の中に迷いがあったからだ。このまま付き合い続けていくべきなのか、別れてしまうほうがいいのか・・・・?

部長とは、会社に入ってから住んでいる場所がぐっと近くなったけど、会う機会は逆にだんだん減ってきていた。お互いの会社の行事とか、会社がらみの付き合いとかで休日でもすれ違うことが多くなった。

わたしの仕事がだんだん忙しくなってきたし、職場の人間関係や、担当する仕事のことで頭の中がいっぱいの状態でもあった。
でも、“一番相談したいときに相談できない。いて欲しいときに側にいてくれない!”
そんな思いをいっぱいしてきて、いつの間にか部長に頼ることすら忘れかけていたのも事実だった。

「けいちゃんは、甘えてくれないよな。一人で何でも解決しようとする。俺の存在って何なんだろうって思うことがある」
「・・・・・・」

“確かに、わたしにはそういうところがある。ずっとそうかもしれない。でも、なんで今更そんなことを言うの?強くなれって言ったのは誰なのよ!”

部長の話を黙って聴きながら、心の中ではそう反論していた。

「とにかく、俺は3年しか待てんから・・・・。どうするか決めて、答えを出してほしい」

せっかく久々に会えた日だったのに、二人でたのしい時間を過ごすことなく、部長はさっさと帰っていった。


“部長と出会った頃だったら、なんのためらいもなく返事ができたかもしれない。でも、それは、部長のことが好きだったからなのかな?誰も頼る人がいなくて、ただ、誰か側にいて欲しかったからじゃないかな?”

たったひとり部屋に残されたわたしの心の中は、そんな思い大きくなっていた。

3年前、突然電車の中でされたプロポーズ。あの言葉は嘘じゃなかった。部長はちゃんと、わたしのことを待ってくれていた。それは、とっても嬉しかったけど、気持ちは大きく揺れ動いてる。

“本当に、この人でいいの?決めてしまったら、もう後戻りはできないんだよ!”

心の中で、もうひとりのわたしが、そうやってブレーキをかけているようだった。

仕事か結婚か?とか、別に好きな人がいるからとか、そんな理由ではなかったけれど、突然「約束の期限」を突きつけられて、わたしの心は大きく揺れていた。

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