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52.そんなこと考えていたの!?

黄色いミラージュのハッチバック_。当時けっこう売れていた車。
遅刻寸前のときは、原付に作業着で、ガニマタ乗りしてすっ飛んでくる。
滋賀県出身で実家はフトン屋。(寝具店なんだけど、上司がフトン屋の息子って呼んでた)普段は会社の寮に住んでるらしい。

それが数井さん。着ているものはけっこうセンスがよくて、ウィンドサーフィンをやってるから痩せてるけどガッシリしてる。顔はそう悪くない。でも、チャラい感じがしてわたしは苦手なタイプ。大学に、けっこう沢山いたんだよね。チャラチャラしたサーファーが・・・。
数井さんの態度にビクついてただけじゃなくて、私のそういう先入観も、数井さんになかなか馴染めない理由だったのかな?と、今頃になって思ったりする。

「会社には慣れた?」

結局、突然の数井さんの提案に動揺しながらも従う形になり、わたしは今、数井さんの車の助手席に座っている。

「普段、目いっぱい仕事やらされてるんやから、送ってもらえ!ムネちゃんは、けっこう通勤に時間がかかるんやろ?甘えたらええんや!!数井、ちゃんとムネちゃんを送り届けろよ!」

躊躇しているわたしに、業務責任者の酒田さんがそう言ったものだから、そうなってしまったのだ。

「最初に比べると、すこしは…。でもね、わたしは要領が悪いから、何やっても上手くできないし、今日だって、野島さんの仕事をいつも手伝ってるのに、ひとりで何も出来なかったから、情けないなぁ~って思いました。性格的に、この仕事合わないのかな?落ち込むことが多いです」

「最初は、誰だってそうだと思うよ。俺だって結構叱られたさ。最初からちゃんとできる人はいないんだから…。でも、けっこう、できるようになってるじゃない?今日も頑張ってくれたと思うよ。だから、早く帰れたんだし…」

「そう言ってもらえると、嬉しいです。でも…」

決して、弾んだ会話じゃなく、どちらかというとわたしは、話していて気が重いなっていう感じだった。普段が普段な人だけにこの豹変ぶりが、どうしても気になっていた。

「でも・・・何?」

「数井さんって、凄い機嫌が悪いでしょ?いつも・・・。何かするたびに、睨まれるし、口調はキツイし、仕事が出来る、出来ないってことより、そっちのほうがわたしはしんどいっていうか…。すみません!だから、わたし、ますます落ち込んじゃうっていうか…。だから、今日はビックリしてて…。ハイテンションだったし、家まで送ろうかって言ってくれるし・・・」

「はははっ!そんなしょーもないこと気にしてたんか??」

「・・・・・・」(“何よ!いきなり!!しょーもないことじゃないのに…!”)

「俺が朝機嫌が悪そうに見えるのは低血圧で・・・。そりゃ、悪かったな。本人は誰に対しても不満があるわけじゃなくて、朝はホントにしんどいだけなんや。ごめんな~。言われて直るわけでもないし、この先もこんな状態やと思うけどそれは許してな!だけど、ムネちゃんが入ってきて、一緒に仕事をするって決まったとき、ちょっとプレッシャーって言うか、やりにくかったのは事実なんや」

「どうしてですか?」

「ムネちゃんの入社が決まったとき、けっこう噂になったんやで。ウチの大学からこの会社に入った奴って結構おるやろ。でも、女性っていうのは初めてやったし・・・。隣の営業所に、先輩の水野と藤田がおるやろ、大学が一緒の・・・。あいつらと、今度来る女子社員は威勢がよくてすごいらしいぞ!って言ってたんや。どこに配属になるんかな?って思っていたら、俺のとこだったやろ(笑)。どーしようかと思ったよ。まだ、俺だってあの仕事の担当になって半年なのに、ちゃんと教えられるかどうか心配だったし…。そしたら、来た奴がまた、どんくさい奴で、失敗ばっかりしよるし…(笑)。でも、悪いことしたなぁ~。俺のこと、そんなにビクビクして見てたなんて、全然知らんかったわ。ゴメンな。ま、いいやんか。今日一緒に仕事して、わかったろ?俺がどういう奴か(笑)。けっこう仕事も落ち着いてたから、こうやって喋れたわけやしな。まぁ、気分屋の俺やけど、これからどんどんいろんな仕事をやってもらうし、頑張ってな!」

何でも、話してみないとわからないものだね。本当に、お互い、“そんなことを考えてたの?”って感じだった。数井さんが、入社したわたしのことをそんな風に見ていたなんて、思ってもみなかった。
会社では、面と向って言えることでも聞けることでもないし・・・。そう考えると、野島さんが休んだことは、わたしが数井さんをちゃんと理解するいいきっかけになったことになる。野島さんに感謝しなくちゃいけないなと思った。
 
車はアパートに着き、数井さんは、ニコニコしながら帰っていった。
唐突に、しかもストレートに聞いたわたしも遠慮がないって思ったけど、それについて、遠慮なしに思ってることを返してくる数井さんも、遠慮がない人だなと思っておかしかった。

この日から少しずつ、数井さんのことがわかってきた。いちいち顔色を見てビクビクする必要もないんだと思うとホッとした。

翌朝_数井さんは、相変らず不機嫌な顔で出勤してきた。

「昨日は、ありがとうございました」

それでも、そうあいさつをした瞬間、数井さんの表情が少し和らいだ。
野島さんも出勤してきて、また、いつものピリピリした雰囲気に戻ったけれど、この日を境に、わたしは仕事を覚えることに専念できるようになった。

それまでは、野島さんを通じて出ていた指示も、数井さんからわたしに直接出されるようになってきた。担当する仕事も少しずつ増えてきた。少しずつ仕事が楽しいと思い始めてきた。

でも、そのことが、次のトラブルの原因になっているなんて、そのときは全く気付きもしなかった。

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