93. 永遠目標 永遠のライバル
会社に入って初めて私の上司になったのが数井さん。そして、数井さんが辞めて次に私の上司になったのが定岡さんだった。
定岡さんの仕事ぶりは、完璧・正確で、誰よりも早い。年齢はわたしと1ヶ月しか変わらない(ほとんど一緒)なのに、管理能力が抜群でカリスマ的な存在。営業所では凄腕の所長に次ぐ、陰のナンバー2だった。いつかは、一緒に仕事をしてみたいと思っていたチャンスは意外にも早く訪れた。
しかし、実際に一緒に仕事をしてみた当初、それは苦痛意外の何ものでもなかった。
仕事に対する取り組み方が根本的に間違っている!
組織のルールを全くわかっていない!
そのことに関して、追い詰められるほど厳しく叱られた。やることなすこと全て定岡さんの足手まといになり、それまであったわずかな自信も、積極性も全て失い、ビクビクして小さくなりながら、言われたことをとにかくミスのないようこなさなければ・・・と、思う毎日だった。
「社員で、おまえほどボロカスに叱った分からず屋はおらんで(笑)」
呆れたように叱りながら、よくそんな風に言われた。
でも、定岡さんの厳しい指導があったから、“どんな仕事でも、甘く見ちゃいけない。最後まで気を抜かずにやり通ささなきゃいけない”
という気持ちになれたのかもしれない。
そして、負けず嫌いのわたしは、萎縮してボコボコにへこまされても、なお
“くそぉ~!絶対、見返してやる!”
と、心の奥では、闘志に燃えていた。
そんな定岡さんも、他の同僚達と同じようにこの営業所を離れていくことになった。
その時期は、定岡さんが10年間待ち望んでいた、昇任研修の時期と重なっていた。
若いのに、そこらへんにいる無能な部長よりもよっぽどリーダーシップも経営的な感覚もある優秀な人だったが、学歴という壁が定岡さんの昇進を阻んでいた。
定岡さんは、大学を中退してこの会社に入ってきた。
待遇は高卒扱い。高卒者は、10年経過しないと管理職への昇任研修を受けることができなかった。
実力もろくにない大卒者が、定岡さんを追い抜いて次々と主任や係長になっていく。人間の評価はそれだけが全てじゃないとは思うけれど、実力があってもそのチャンスを得ることができない。わたしと同じように負けん気の強い定岡さんにとって、この何年かは屈辱を感じることが多い毎日だったんじゃないかと思った。
「おまえは、結局、分からず屋のままやったな」
そんな定岡さんが、いよいよ営業所を去る時になって、取り残されたといじけているわたしに、最後の説教をしたのだった。
「みんな、好きで新しい場所にいくんやないんやで。それぞれに、試練が待っている。みんな一緒なんや。若い子らは、やっと仕事にも職場にも慣れたのに、また1からやり直しなんや。ムネちゃんだけやないんやで!ふてくされて仕事してどうする?もっと大事なことがあるやろが・・・!そのままでいいんか?おまえがしっかりせんと、新しい営業所はどうなる?他の奴らは、もっとわからへんのやで?ムネちゃんにとって、試練だとは思う。でも、これを乗り越えんとずっとそのままや。俺はもう叱ってやれん。転勤先で、進歩のないムネちゃんのことを見るのはたまらんなぁ~。
俺は、やっとチャンスが巡ってきた。このときをずっと待っていた。ココから先は誰にも負けへん。今まで一番遅かった分、一番先に昇進してやる!
40代で部長を目指す。この会社を動かせるようなポジションに誰よりも早くついてやる!
ええか?競争やで!俺が頑張る分、ムネちゃんも頑張れ。会社を辞めることになっても、家庭でくすぶって、所帯じみたオバサンになるなよ。そうなったら、もう口もきかんからな!
俺は上を目指す。ムネちゃんは、自分の目標を持ってそれを目指せ!そして、いつかみんなで会おう。お互いの目標を達成した時点で!」
“毎日、毎日、これでもかってくらい無理難題を押し付けておいて、その上にまだ、大きな大きな課題を背負わせるなんて!まったく定岡さんって人は、とんでもない上司だ!”
感慨深く、しみじみと送り出そうとしているわたしに、定岡さんは氷水でもぶっ掛けるように厳しい言葉を浴びせ掛けた。でも、その言葉で投げやりになっていたわたしは立ち直り、ようやく現実と向き合う覚悟が出来た。
ずっと叱リ続けてくれた上司、私の目標、そして、絶対に負けられない永遠のライバル。それは、厳しくてさわやかな別れだった。
そして、4月。いよいよわたしは、新しい体制のもとで、また新たなスタートを切った。
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