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1.餃子の皮を作ったことのない人生でいいのか

やろうと思わないと、やらないで終わることってたくさんある

わたしは好きな人に手料理をつくってあげたいとあんまり思わないタイプで、

そもそもそんなに料理が得意ではないから、
まずかったらどうしようが勝ってしまう。

どちらかというと、
つくるのが好きな人が、
わたしに手料理をふるまってくれるのならば、
とてもうれしい。



でもいちばんは、一緒につくりたいなとおもう。



だれかと一緒につくったらたのしいし、
ひとりだとわざわざそこまでしなくていいか

思って手を出せないことも、
つくったことが思い出になるから、
むしろつくりたいに変わる。




餃子の皮をつくる。

という発想を今まで一度もしたことがなくて、
スーパーで買えるし、
でも、餃子の皮をつくるひとがいることを何かで知って、
大げさにいうと、
あたらしい視野を手に入れた気がした。


ひとり暮らしだと、餃子作る気にならなくて、
餃子好きだから食べたいなってなっても、
冷凍餃子美味しいし、

餡つくって、それを包むのも、時間かかるし、
大変なんだよな。


餃子パーティーともなれば、
面倒くさいがむしろイベントになって、

わざわざ餃子の皮までつくったりなんかしたら、
ご飯をたべるという目的から、
ご飯をつくるという過程が目的になって、


失敗しても、
一緒につくったのだから、お互いのせいで、
まずくても、まずいねって言いながら、食べたい。











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