【断髪小説】解釈違い


新作の季節限定ラテを飲みながら、道ゆく人を眺める。
人通りがやや少ない気がするが、はじめてくるこの街ではこれが日常なのだろうか。
鎖骨らへんの髪をさわり、くるくると指に巻きつける。

「えっと、サリさん…?」

テラス席でボーッとしている私に、スマホを片手に持った人懐っこい顔をした青年がおそるおそる話かけてきた。

「あ、はい。私です。ゆーさんですよね?」
「よかった。間違ってたらどうしようかと思った。よろしくお願いしますね」
「はい…こちらこそ…」

私は今日、SNSで知り合った人に髪を切ってもらう。

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「今日は楽しみです。昨日は全然眠れませんでした」
そう言いながら、同じ新作のラテを買ってきたゆーさんが隣に座る。

「私もです。27年生きてきて、美容師さん以外に切ってもらうのはじめてなのでとても緊張してます」
「27歳って聞いてたから、声かけるときにちょっとためらっちゃいました。23歳くらいにしか見えなかったので。彼氏さんはいきなり髪を切っても驚いたりしません?」
「彼氏はいないから大丈夫ですよ。バッサリいっちゃってください」

彼のリップサービスに思わず頬が緩くなってしまう。
ゆーさんは思っていたよりもずっと私のタイプだった。どうせ切られるのなら見た目のいい人に切ってもらった方が興奮できる。これは思わぬ誤算だった。

「でも、本当にいいんですか?そんなに綺麗な髪なのに」

ゆーさんはそういいながら、私の頭から胸まで伸びた髪を一通り目で追う。

「いいんですよ。私も切りたくて伸ばしていたので」
「そうだったんですね。いや、それにしても勇気ありますね」
「そうですね。コケシにするとなるとかなりバッサリですもんね。やっぱり緊張しちゃいます」
「僕も緊張してきちゃいました」

そういって冷静を装うゆーさんも、股間の膨らみは抑えられないようだ。私自身も、このやりとりでかなり興奮してしまっている。
もうすぐ彼の手で、せっかく綺麗に伸ばしてきた髪をコケシのような髪型にされてしまうのだろう。
ひょっとしたらバリカンを使って後ろを刈り上げられるかもしれない。そうなったら50cm以上の断髪になる。もうすぐ、この長い綺麗な髪をバリカンで刈られてしまう。美容院でお金と時間をかけて伸ばしてきたこの髪を。

「えっと、バリカンを使うんですか?」

私は気になっていたことを聞いた。できれば使って刈り上げてほしい。アタッチメントなしで青々と刈ってほしい。

「はい。やっぱりコケシだから、バリカンは使おうと思っています。大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。むしろ…アタッチメントはなしでお願いします」

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「じゃあ、早速やっていきますね」

新聞紙を敷き詰めたホテルの一室。近くのホームセンターで購入した、ゾウさんの絵が描かれたケープを巻かれている私。

いまからこの綺麗に伸ばした髪が切られてしまう。

「ちょっと長いから、先に粗切りしますか?それとも一気にいっちゃいますか?」
「えー、どうしよう。一気にいきたい気もしますが、せっかくなので長く楽しめる方向でお願いします」
「あー、わかりました。じゃあちょっと寄り道ありにしましょう」

彼の寄り道という言葉に思わず笑いそうになるのをグッとこらえた。

「じゃあいきますね」

そういうと、私の髪を一つ括りに束ね、左手に持った。
右手に持った裁ち鋏を、その髪の束にあてる。

ジャリ、ジャ、ジャリ
パサ、パサ

彼の裁ち鋏は少しずつ私の髪を削りとり、そのたびに削られた髪がぱさりと下に垂れてゆく。

長い時間をかけて伸ばしてきた髪が、いとも簡単に切り取られていく。

ジャ、ジャキン

彼の左手には、私が綺麗だねといろんな人に褒められてきた髪の束が握られている。

鏡には、肩につくくらいで乱雑に切り揃えられた女性が映っている。

「じゃあ、ちょっと整えていくからね」

そういうと彼はきちんとした散髪用のハサミに持ち替える。

シャキッシャキッと軽快な音を鳴らしながら、襟足ギリギリのラインで器用に切り揃えていく。

3分もすると、鏡には映るのは綺麗なおかっぱの女性になった。

「前髪は最初は眉毛のラインにしておくね」

彼はそういうと、前髪を重た目にとり、一直線に切り揃えてしまった。

鏡には、まごうことなくコケシのようなおかっぱ頭をした、頬を少し紅潮させた27歳の女性が映っている。

綺麗に伸ばしていた髪が、全部切り取られておかっぱ頭になってしまった。

「じゃあ、いまからバリカンでコケシにしていくね」

彼の言葉に、こくりと頷く。

おかっぱ頭。しかも、しかも。

しかも、これからバリカンで刈り上げられてしまうのだ。

彼はコンセントに差し込むと、試しにバリカンの電源を入れた。

ヴィィィィ

モーター音だけが静かな部屋に響く。

「じゃあ、いくね?」

彼は私のうなじにそっとバリカンを置いて、押し当てた。

バリカンはゆっくりと上がっていく。

耳の下のラインを超え、耳の真ん中のラインを超えた。

耳の上のラインも超えた。
つむじに近づく…?
つむじも超えた???

「あ、ちょっと」

私の小さな声をかき消すようにけたたましい音を鳴らしながら、バリカンは私の前髪付近まで進んでしまった。

「ちょっと、すみません!」
「あ、はい。どうしました?」

ようやくバリカンの音が鳴り止む。

「ちょっと鏡見せてもらえますか?」
「ちょっと待ってくださいね」

そういって彼は、前に置いてある姿見とあわせ鏡にして見せてくれた。

うなじから、頭のてっぺんを超えたあたりまで、青い筋が通っている。

「嘘…」

ケープの下から手を出して触ってみるが、チョリチョリとした触感が、嘘ではないことを物語っている。

「え、だって、コケシにしてくれるんですよね?」
「はい。かわいいコケシになると思いますよ」

そういって彼は再びバリカンの電源を入れ、うなじに押し当てた。

またもやバリカンは容赦なく上へと登っていき、前髪の手前で止まる。私の髪が少し遅れて滝のように流れ落ちる。

あ…。

私は思い違いをしていたのかもしれない。

バリカンがうなじから入り、後頭部から頭頂部を刈り取っていく。

背中に汗が噴き出すのを感じた。
クーラーの効いた部屋が嫌に暑く感じる。

彼の思い描くコケシと私の思い描くコケシが同一のものであることを、いつ確認しただろうか。

バリカンは止まらずに私の自慢だった髪を刈り続ける。

感覚でわかる。もう後頭部に髪の毛は残っていない。
鏡にも、私の頭頂部は青々として映っている。
前髪ともみあげ以外は坊主にされている。

「最後の調整をするね」

そう言って彼は、私の前髪ともみあげの間にバリカンを入れ、前髪の範囲を狭くした。

最後にハサミで、もみあげを8センチ程度、前髪を幅6cmの眉上4cmで切り揃えた。

1時間前まで綺麗なロングヘアを靡かせていた私は、このわずかな前髪ともみあげ以外全部青々とした坊主という、とんでもない髪型にされてしまった。

27歳。そろそろ彼氏も作って結婚のことも考えなければいけない年齢なのに、よりによってこっちのコケシになるなんて…。

こんな滑稽な髪型、女として終わっている。こんなのを好きになる物好きなんていない。あー、明日からの会社どうしよ…。

「とてもかわいくなりましたね」

大戦犯が私の頭を撫でまわしながら、無邪気な笑顔を向ける。股間は膨らんでいる。

あ…。こいつも同じフェチだから…。

とりあえず、目の前にいる私好みの男に責任を取らせる作戦を考えることにした。

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