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教育熱のせい?

 韓国では今年、4年に1度の政治イベント、国会議員選挙(総選挙)が行われる。4月10日の選挙まで50日を切り、報道もヒートアップ。連日関連のニュースが満載だ。
 
 前回の総選挙では、野党が圧倒的な過半数以上の議席を占め(300議席中180議席)、政権交代した現在はねじれ国会。そのため、今回の選挙では与党が過半数の議席を確保できるか、与・野党から離党した議員が立ち上げた新党がどのくらいの議席をとるかに注目が集まっているといわれるが、個人的にただただ興味深いのは、党の公認を巡る出来事だ。そこでは、人、組織の゛本音゛が生々しく現れる。
 
 今週に入り、与・野党共に公認を発表し始めたが、与党がこれといった目玉がなく「犠牲も感動もない」公認といわれたのに対し、野党は党内が紛擾している。
 党はそれぞれ独自の基準、たとえば世論調査や党内評価などで公認を決めており、野党も「システム公認」(システム的に公認を選出)を謳っていた。ところが、公認が得られなかったのは非明系(野党「共に民主党」李在明代表の反対派。対して、近しい議員は、親明派と呼ばれる)議員ばかり。これには党内から、「(李在明代表の)私党化だ」や「公認虐殺だ」という過激な表現も飛び出し、公認を受けられなかった判事出身の議員は離党会見で、「李代表は無期懲役になる可能性もある」と暴露。李代表への不満が一斉に噴出しているが、当の李代表は、「いろいろな事情があった。評価では0点の議員もいた」とカラカラと笑い飛ばし、どこ吹く風だ。
 李代表は、都市開発を巡る背任の疑いなど9つの嫌疑で起訴されており、現在、裁判が進行中だ。党は自身の盾であり、自らを守るために当然、公認は側近や親明派だけとなる。
 
 今回は与・野党を離党してできた新党がいくつかでたが、驚いたのは前政権で大統領府の秘書官(民情首席)や法務大臣を務めた曹国氏が新党結成を宣言したことだ。曹氏も現在、裁判が進行中だ。子女の大学不正入学や懇意にしていた釜山市副市長への監察を打ち切った職権乱用が明るみに出て、その後、起訴された。夫人はすでに、娘のスペック作りのために受賞していない表彰状を偽造したことなどで懲役4年が確定し、収監された(体調を崩し、昨年9月に仮釈放されている)。曹氏自身は先日、二審の裁判で一審同様、懲役2年の判決がでたのだが、党を新たに創るという。
  
 これには古巣の野党もびっくりで、「新党を立ち上げるのは自由だが、われわれとは関係ない」といったん距離を置いた。それもそのはず。野党が政権を失うことになった原因ともなったのはこの曹氏の一連の事件で、この時に進歩派支持者の中から野党に背を向ける人が続出した。
 
 それでも、根強いファンはいて、「子供のためにちょっとごまかしただけなのに、曹国のどこが悪いんだ」、そんなことを言っている。みんながやっていることだから、いいじゃないか、という。
 
 韓国の大学入試制度は大きく分けてふたつ、入学試験とAO(アドミッションオフィサー制度。韓国は2008年に導入)がある。一度の試験の点数だけで学生の可能性は計れないとして導入されたAOの場合、高校での成績や生活記録(インターンやボランティアなどのスペック)が重要視される。大学によって評価基準や入学に有効な部分が異なるといわれ、その情報を得るために父母は奔走する。知り合いは、娘の大学受験を控えて、こうした情報を得るためAO専門塾の講義に足を運んでいた。
 
 そんな背景もあって、曹国氏夫人の裁判で垂涎の的となったのは「判決文」だった。ソウルでも特に教育熱が高いといわれる江南(カンナム。名だたる塾が密集し、富裕層が多く住むとされる)では、どうスペックを積んだのかその過程が記された判決文のコピーが出回り、この事件を取材していた検察担当の新聞記者には出版社から判決文を基にした大学入試の本を出さないかという依頼が来たという。
 
 ここ数年、のんびり行こうよ、という内容のエッセイやコラムが若い世代の共感を呼び、韓国でもそうした価値観や競争から離れることを「よし」としよう、そんな雰囲気もある。それでも、現実は、ともかくソウル市内の大学(韓国ではinソウルという)に入れなければ、その後の人生はしんどくて、地方大学はなおさら苦労するという意識はまだまだ消えない。そのため父母も必死になる。
 
「(成績が芳しくなかった)息子を、大学だけは入れないといけないと思って探しまわったんだけど、地方の大学だと少子化でなくなってしまう可能性もあるから、せめて廃校にならない条件を備えた大学を選んだの」
 そう言っていた知り合いがいた。
「恥ずかしくて、誰にも言えなかったけど、あなたが日本人だから話せる」
 そんなことも言うので、言葉が出なかった。
 
 韓国の大学進学率は世界でも高い。OECDの統計によると韓国は80%近く、日本は50%ほどだ。教育制度や文化も異なるので比較はできないが、韓国では大学に進学するのはごく自然なことで、名門大入学への圧力は強い。そのために幼い頃から塾に通わせる。
 そんな姿に、韓国は競争が厳しいという話になるけれど、競争がなければ切磋琢磨も成り立たないわけで、こればかりは永遠のアポリアだ。
 
 みんなやっていることだからいいじゃないか、そんなことを言うけれど、
曹国氏が実際に3月に新党を立ち上げた際、ファン以外の韓国の有権者はどんな反応を示すのだろうか。そして、さまざまな人間模様があぶり出された総選挙の結果はさて、どう出るだろう。
(写真は、数学塾の送迎の様子。ソウル市内で)
 

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