Nick Drake 未発表曲解説 『Black Eyed Dog』
地獄の犬が呼んでいる
この黒い犬というのは、西洋の神話や伝承で伝えられる不吉な妖精のことである。
シェイクスピア『マクベス』に登場する地獄の女神ヘカテーの猟犬がそのイメージの原型らしい。
ヘカテーが再生と死を司る女神であるように、黒い犬もまた死の前触れ、不吉の象徴であるという。
ただ、ここでの黒い犬は赤い目をしているといわれている。
またニックも愛聴していた伝説的ブルースマン、ロバートジョンソンの曲にも『Hellhound on my trail』(地獄の猟犬がつきまとう)というものがある。
ニックは死の前に友人に、このロバートジョンソンの曲になぞらえ、自分の酷い鬱病の状況を地獄の猟犬につきまとわれていると語っていたという。
近年では「黒い犬を飼っている」が鬱病を患っていることを表すようだ。WHOが2015年に鬱病を黒い犬になぞらえ、その辛さと受け入れ方についての動画を出している。
さて、ニックの残した歌詞についてだが
I′m growing old and I wanna go home
歳をとった、老いたというのは26歳の書くものとしてはいささか言い過ぎな感じもあるが
幸せな少年時代、友人と過ごした学生時代は過ぎて、鬱病に蝕まれ人との交流を断ち、日増しに力を無くしていく。
I wanna go home
これもまた不思議な一節である。
ドアの前で黒い目の犬が呼んでいるのだから
家にいるはずなのだが、ここでのhomeは
心の落ち着ける場所のことであり、疲れ果てて気持ちも落ち込み、その中で安らげる場所を求める悲痛な叫びと解放への欲求のようである。
6弦と5弦の氷の響き
ヴォーカルのないギターのみのテイク。
この曲はギターの6、5弦の12フレットハーモニクスとヴォーカルのメロディーをなぞるフレーズから始まる。
ピックを使っているように聞こえる。
初めてこの曲を聴いた時、キリリとした空気の冬の夜や氷のような鋭さを感じた。
誰もいない冬の真夜中を歩いているような気持ちにさせる。
余計な飾りのない研ぎ澄まされた音世界である。
ニックのヴォーカルは『Pink Moon』の楽曲や他の同時期にレコーディングされた曲に比べても輪をかけて虚無的であり厭世的な歌い方である。
I′m growing old and I wanna go home
の箇所はニック自身が亡霊になっているかのような恐ろしさがある。
飾りは要らないんだ
計画はあったようだが完成することはなかった4枚目のアルバムも『Pink Moon』同様のギターだけの飾りのない作品になったのではないかと思われる。もっとニックの作品を聞いてみたかった。
ニックは自身の楽曲に余計な装飾はいらないと考えていたが、その死後彼の才能が発掘され様々なミュージシャンが彼の楽曲をカバーしている。
その中でもとても良いと感じたもの。
アイルランドのシンガーソングライター、リサ・ハニガンの演奏。
ニックドレイクの楽曲に音を付け足すのは、なかなか勇気がいることだと思われるが、彼女は楽曲の持つ力をよい方向に拡張しているように思う。