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随に

 ありったけの『好き』という気持ちが、健全に確実に奪われていくこの感覚を、私は他には知らない。それしか見えなくなっていつしか自滅していくタイプの『好き』ではなく、それが熱源となって他への興味関心が広がっていく『好き』。今この時だけはアナタに集中するけれど、次の瞬間からはもうその幸せを胸に別の方向へ歩みを進められるような。

 指の先までピンと伸ばした腕と、深くまっすぐ降ろされた腰、傾けられた首の絶妙な角度。4分程度の曲のなかで見られるその一つ一つの動作が、私にとっての黄金比でできている。
 表情にしたってそうだ。魅せる喜び、見られる悦び。両方を兼ね備えられた人が浮かべるそれというのは、こうも艷やかなのかと怖くもなった。立ち尽くすしかないのだ、魅せられているから。三大欲求のいずれも凌駕する強さで、
「見たい、見たい、このままずっと観ていたい」
と自分の脳がうずくのがわかる。事実、観ている間は何も要らなくなる気もしている。
 上にも書いた通りこれは刹那的なものだから、また明日になればお腹は空くし眠たくなるし人肌恋しくなるのだけれど。
 ただひどく、人として生きていられている気持ちになれる。生理的な欲の上をいく感覚を持てることが、私を人間にしてくれている。

 私は観た。彼の踊りを観た。彼の踊りを観てからまた、日常の上に踵を置くし、心踊る方向へとつま先を向ける。

2019/12/22 広島にて