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UX デザイナー Vtuber が「ソーシャル VR ライフスタイル調査2023」を読んで考えたこと

自己紹介

はじめまして、Dakota(ダコタ)と申します。
個人 Vtuber として一年ほど活動していますが、本職は UX デザイナーです。また、長年のゲーマーでもあります。

この度、バーチャル美少女ねむさんの note 投稿企画 に参加するために note を始めました。
せっかくなので今後も VR とユーザー体験デザインについての記事を書いていければと思っています。

UX デザイナーとは

UX(ユーザー・エクスペリエンス)デザイナーとは、サービスや製品の「ユーザー体験」を設計する仕事のこと。

たとえば iPhone という製品であれば、画面に表示されているアイコンやメニュー、そのレイアウトなど(ユーザー・インターフェース)はユーザー体験のごく一部。
iPhone に興味があって Apple の店舗を訪れた人が、店員に案内されながら iPhone を触ってみて、購入して、家に帰って箱を開け(あの瞬間の高揚感!)、初期設定をする……こうした一連の体験を設計するのが UX デザイナーの仕事です。

職業柄、サービスや製品に触れた人がどう感じるかを常に考えています。
ソーシャル VR ライフスタイル調査 2023(以下「当該調査」)は、VR という未知の環境に触れた人がどう感じているかを知ることができる貴重な機会でした。

VR に関しては素人

興味こそあれ、ぼくは VR に関してはほぼ素人です。

2012 年ごろ、とあるきっかけで Oculus 初期の開発者ツール上でローラー・コースターのデモを体験させてもらい、衝撃を受けました。
その一方、ハードウェアが有線接続であることが体験の快適性に大きく影響していると感じたため、自分で買うことになったのはスタンドアロン型の Oculus Go が発売されてからでした。
またゲーマーとしての興味から PSVR も買いましたが、いずれも日常的に使うまでには至らず手放しています。

とはいえ VR やメタバースが next big thing になる可能性についてはずっと期待しており、意識的に情報収集のアンテナを立ててきました。
VR ZONE SHINJUKU(現在は営業終了)にも遊びに行きましたし、最近では MR の体験を検証するために Quest 3 を購入したりもしました。

そして、ソーシャル VR の経験はゼロです。

以上の立場から、当該調査やそれをきっかけとして読んだ文章に関する感想を書いています。

当該調査を読んで考えたこと

前提

ぼく自身の VR への期待や興味は、大きくふたつにわけると:

  1. VR 以外では得難い体験ができること(例: コミュニケーションや表現活動、ファントム・センスなど)

  2. 物理世界の問題解決になりうること(例: コロナ禍でのバーチャル・オフィスなど)

ですが、このふたつを混同せずにそれぞれ別に考えることが大事であると思っています。

当該調査を拝読したり周囲のソーシャル VR の住人のふるまいを見る限りでは、彼らは「物理世界での問題を解決するため」というよりは「ほかでは得難い体験」をするため、またその体験に魅入られて傾倒しているように感じられました。

また、ぼく自身も現時点では 1. の方により可能性を感じています。
特に「アバターを使ったコミュニケーションで人は『自分』をどう規定するのか、他人をどう認識するのか」というところに興味があります。

当該調査自体もスキンシップや恋愛などコミュニケーションにフォーカスした調査のように見えたので、そちらに該当する感想が多くなります。

「近くにいかないとコミュニケーションできない」ことの良いところ

ソーシャル VR の経験はゼロと冒頭に書いたのですが、実は調査のために cluster を使ってみたことがあり、その際に「意図せず人の話を立ち聞きし、気まずくなって歩いて離れる」という、これまでインターネットでしたことのない経験をしました。
その後しばらくその「立ち聞き」について思い返していたのですが、最終的に「これはソーシャル VR にしか作れないインターネット・コミュニケーションの体験がありうるぞ」という結論に至りました。

今では想像しにくいですが、昔はマスメディアでないと広範囲に声を届けることができませんでした。
家にコンピュータがやってきてインターネットを始めた直後、個人が広範囲に情報を届けられる世界になったということに強い衝撃を感じたのをよく覚えています。

あれから何十年も経ち、今のインターネットや SNS の大きな問題は、当時とは逆に「情報が多すぎる」ことだと考えています。タイムラインに流れるおすすめ投稿や広告の数々……邪魔だと思ったことがない人はいないのではないでしょうか。
また、災害や大事件などが起こった際、SNS 上がその関連情報ばかりで埋まってしまい、精神的に疲弊してしまうというケースもよくあります。

ソーシャル VR はアバターを使って物理世界のコミュニケーションをシミュレートしているため、「近くに行かないと話ができない」という特性があります(遠隔通話みたいなものもあるのかな?)。
おそらくこの特性こそが他で得難い魅力であり、これこそソーシャル VR がインターネットの情報多すぎ問題を一部解決するカギになる可能性があります。
正確にいうと、目的により既存の SNS とソーシャル VR を使い分けることでより健全にインターネット上のコミュニケーションが行えるのではないでしょうか。

ところで「近く」といえば、当該調査では VR 上では他人との距離感が近くなる人が多いという結果が出ていましたが、それは一体なぜなのか理由が知りたい。

国ごとに傾向が異なるのかな(アメリカ人はもともとスキンシップが多いが日本人は少ないのでそれが結果に現れる、とか)と最初は思いましたが、数字を見るとそういった相関はなさそうでした。
定量調査ではその理由を探ることは難しそうですね。

女性アバターの多さと「かわいい」存在であること

当該調査内「物理性別とアバターの性別」によると、物理性別や性自認、国やサービスの違いにかかわらず、女性アバターの利用者が多いそうです。

つまり物理男性の多くも女性アバターを選んでいるということですが、この偏りが個人的には気になりました。
もちろん物理男性が女性アバターを使うことを咎める意図はなく、むしろ彼らはなぜそう思うに至ったのかというところに興味があります。

アニメ調の美少女アバターは物理現実の女性ではなく、記号化された「かわいさ」の象徴です。

当該調査の実施者でもあるリュドミラ・ブレディキナさんの論文「要約『バ美肉 バーチャルパフォーマンスの背後にあるもの──テクノロジーと日本演劇を通じたジェンダー規範への対抗』」に記載の調査によると、物理性別が男性であっても女性アバターを選ぶのは「守られる」「可愛がられる」「か弱く見える」「気にしてもらう」ためだ、という当事者の声があったそうです。
それが可能になること自体を物理男性にとっての社会におけるジェンダー・ステレオタイプからの開放ということは可能かもしれませんが、そこには物理男性が「かわいいアニメの女の子である限りは攻撃されず受容される」という世界観を共有しているさまが透けて見え、逆にメタバースの可能性を狭めているように感じました。

いくらでも自分の好きな姿になれるというのが魅力なのに、「かわいく」ならないと認めてもらえないと思っている人が多いとしたら、それは寂しくないか?

もちろん、そもそも現状クリエイターによって提供されているアバターに女性モデルが多い可能性が高いということは頭にいれておく必要があります。
そして、そういった状況下で「そこまで深く考えずに、簡単に手が届く範囲内で見た目が一番好みだったから」といった理由でアバターを選べば、結果的に女性アバターが多くなるのでしょう。
当該調査内「なぜ逆の性別のアバターを使うのか(単に好みだからが61%)」「声(地声が75%)」などの調査結果を見るかぎり、その可能性は高いように思います。

「お砂糖」「相方」の類似性と、価値観が一致することの大切さ

「お砂糖」というソーシャル VR 独特の文化には面食らいましたが、実はそれによく似たものを昔から知っていることに気づきました。MMORPG における「相方」文化です。
相方とは、ゲームのコンテンツを一緒にプレイしたり、贈り物をしあったり、ゲーム内システムによる結婚をしたりすることで、互いが特別な存在だと対外的かつ相互にアピールする契約関係。

当該調査では「恋愛パートナー(virtual romantic relationship)=お砂糖」と定義していますが、本企画に投稿された note 記事をいくつか拝読した限りでは、おおむねその認識であるとはいえ細部のニュアンスが人によって異なる可能性が高そうだと感じました。
定義が人それぞれであればこそ、そこがずれていると揉めそうなところも相方文化と似ています。

たとえば当該調査内「物理現実の VR 恋人」の結果をみると、物理世界で配偶者や恋人がいるがお砂糖相手や相方もいるというケースもあれば、物理世界の恋人とお砂糖相手は同じ人であるというケースもあります。

複数の人と付き合うのは浮気だろうと思う人もいるかもしれませんが、平野啓一郎さんの著書「私とは何か 『個人』から『分人』へ」で提唱されている 分人という概念 を元に考えると、対人関係によって無意識的に人格が構築され、そのそれぞれに人間関係が構築されていると理解することもできます。

個人的には、物理現実と異なるお砂糖相手や相方を持つことそれ自体に良し悪しはなく、ポイントはオンラインでも物理世界でもこの価値観を共有できる人と付き合っているかどうかというところにあると考えました。
物理現実の恋愛観や結婚観だって人それぞれであるし、パートナーシップのかたちは多様です。当事者同士が納得していればまったく問題はありません。
ただ、ここでいう「当事者」とはオンラインと物理世界、両方のパートナーを指します。お砂糖関係や相方関係を現実の恋人に隠しているとしたらコミュニケーションが足りていないのではないかなと思います。

長年 MMORPG をプレイしてきましたが、相方文化は当事者以外には理解されづらいものであるという認識です。お砂糖当事者の皆さんはどうなんでしょうか。
次回は「物理現実のパートナーが別にいる方はお砂糖関係のことを明かしていますか」という設問を入れてみてほしいです。

コミュニケーションとおしゃれ

物理空間におけるコミュニケーションより仮想空間におけるコミュニケーションのほうが比重が重くなった人がいた場合、物理空間のおしゃれよりも仮想空間のおしゃれにかける金額のほうが多くなるのではないか……と以前から思っていました。
当該調査の「支出種別」の項目を見ると「3D モデル」が群を抜いて多いので、この仮説は一部合っているのかもしれません。

ただ、当該調査では「3D モデル」という項目の中に「ワールド」と「アバター」が入っていたので、例えばクリエイターがワールドを作るためにオブジェクトを買った費用と、友達と会う前にアバターを着飾りたくて買ったアイテムの費用が両方計上されている、と理解しました。
前述の仮説を検証するためには、ワールドとアバターを分離した結果が見てみたいです。

テクノロジーによる人間の進化、ファントム・センス

実際に触れられていないのに触れられたように感じるという「ファントム・センス」。
VR どっぷりの民以外とは縁遠い話……と思う人もいるかもしれませんが、手術で切断した部位に痛みを感じるという幻肢痛(ファントム・ペイン)は広く知られているので、これに近いものかもしれないと思うと理解しやすそうです(筆者に専門知識がないため、理屈が異なっている可能性があります)。
また、バンダイナムコエンターテインメントの PSVR ゲーム「サマーレッスン」を体験したゲーマーは「女の子が本当に近くにいる感じがする」「吐息を感じる」などの感想を投稿していたため、ゲーマーやカジュアルユーザーにとっても無縁のものではないと考えます。
ぼく自身もローラー・コースターのデモでは落下感を感じました。高所恐怖症なので 高いところで猫を助けるコンテンツ は体験したくもありません。

個人的には、ファントム・センスのような「実は昔から人間にそなわっていた能力がテクノロジーによって開示されていく」ことにはとても興味があるので、ファントム・センスに特化した調査も見てみたいです。

当該調査では「味覚」の項目があり、かつ一定数の人が「感じたことがある」と回答しているところに驚きました。
どういうコンテンツで感じたのか聞いてみたいです。やっぱりソーシャル VR で飲んだり食べたりした時?

おわりに

感じるままに書いてきましたが、最初に述べたようにぼく自身はソーシャル VR 未経験です。
Quest 3 も買ったことだし、これから実際にソーシャル VR を体験してみて、自分の感じ方や考え方が変わっていくさまを自ら観察してみたいと思っています。楽しみ。

参考文献

著者敬称略

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