ミスミさんの出張大作戦!(2/4)

「抜かった……!」

 翌日である。

 まるは昨夜のうちに自宅へ帰り、たまもまるにくっついて遊びに行ってしまい、いってつは「食材 買い足す」の書き置きを残して留守に。
 フウライコンビは別件で出払っており、手作りプレゼント三銃士たちは既にそれぞれの職場へ引っ込んでいる。
 そして冒険者の酒場で即日都合のいい人間を一日だけ手配できる可能性は、限りなく低い。普通は遅くとも前日以前に依頼票を手配しておくものなのだ。

 つまり、詰んでいた。

「なんで……なんでアタシはメシの後にコロっと忘れて風呂とベッドへっ……!」

 疲れのせいである。疲れは人をたやすく狂わせるのだ。
 アストルティア創世記にもそう書かれている。

「……どーすんだい、この荷物の山」

 部屋の隅に置かれているのは、昨日たまが荷造りしておいてくれた制服の包。オーガの成人(要するにフウタやライコ)が背負うことを想定しているとしか思えない大きさのそれは、ドワーフのミスミには文字通り荷が重い。
 しかし、自分から言いだした休みを取り下げてまるたちを働かせるのは本意ではない。ミスミの苦りっぷりは先刻淹れたブラックコーヒーを凌駕するほどであった。

 だが、神はミスミを見捨ててはいなかった。

 ドンドン、とマダムデルタの戸を叩く音。
 はて、休業の札はかかっているはずだが。ミスミは訝しみながら顔を上げた。

「ごめんくださーい」

 聞き慣れない男の声だった。もちろん、今日この時間に特に何かを約束していた覚えもない。ミスミは警戒を強めながら戸口へと寄り、扉を開けずに声をかけた。

「どちらさまで?」

「ああ、突然失礼いたしました。まる君の近所に住む友人で、カスガと申します」

「まるの……友人?」

「ええ。なんでも昨日、長期に渡った激務案件を終えられたとか。お祝いといっては何ですが、手料理のおすそ分けに伺いました」

 その名前と関係性は、ミスミにもうっすら聞き覚えがある。
 まるが兄貴分として慕う人間が近所に住んでいること。料理が趣味で、特に手製のから揚げが絶品であること。
 この繁忙期の最中にも、まるの頼みで幾度か荷物の運搬の手伝いを買って出てくれたこと。
 そしてもちろん、その種族は……。

 ミスミは、そっと扉を開ける。
 そこにはまるより幾分背の高いオーガの男が、帽子を脱いで会釈していた。

「何度かすれ違っているのですがご多忙中でしたので、ちゃんとしたご挨拶はまだでしたね。改めまして、カスガです」

「これはどうもご丁寧に……。まるの雇い主のミスミです」

 お互いに頭を下げ合った後、カスガは手に下げたバスケットを差し出す。
 やさしい紅茶の香りとほのかなバターの匂いが立ち上るそれには、小ぶりではあるがシフォンケーキが丸ごとひとつ収まっていた。、

「ちゃんとしたお食事はいってつ君が作ってくださるとお聞きしましたので。こちら、お茶請けにでも」

「あらあら……これは恐れ入ります。遠慮なく頂戴します」

「今時分の気候でしたら、3日は保つと思いますので。ぜひごゆっくりお召し上がりに……おや」

 途中で言葉を切ったカスガの視線が、部屋の片隅へと逸れた。
 ミスミもその視線に気付き、そちらを見やる。先程まで頭を悩ませていた原因が、そこにあった。

「あれが、最後のお荷物ですか?」

「そうなんですよ。……ただ、実は運び手の手配を失念してしまいまして。今日中に何とか届けたいので、今から酒場で人員を探そうかなと思ってました」

「おや、それは……」

 カスガは専業の冒険者ではないが、酒場のシステムについてはもちろん承知している。ミスミの述べたそれがあまり現実的な提案ではないことは、すぐに察せられたのだろう。

 そして。
 言葉を途切れさせたその一瞬、カスガは何というか……複雑そうな表情になった。

 まるで、何かを――誰かを、思い出したかのような。

 だが、その表情は次の一瞬で消え去ってしまう。

「ミスミさん、差し出がましいかもしれませんが……」

 そうしてカスガは、いつもどおりのにこやかな表情でミスミへ言葉を投げかけるのだった。

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