ミスミさんの出張大作戦!(1/4)

「っつぁー!!お、終わったァァ……」

 喉の奥から湧き起こる、心の底からのため息。
 息とともにそのまま魂まで吹き出そうなほど全身脱力しながら、まるは掛けていた椅子に全身を投げ出した。
 その向かいの作業机には、同じく疲労困憊の粋に達した顔のミスミが無言で机に突っ伏している。顔を上げる気力もないようだ。

 ここ数ヶ月のマダムデルタは、まさしく戦場であった。
 ことの発端は些細なことだった。とある大型商店が改装に伴い、従業員の制服を刷新することを決めた。
 そしてその製作の依頼がマダムデルタに持ち込まれたことが全ての始まりで、ミスミの一度点火すると決して滅することのない情熱の炎へ種火が着火してしまったのが……全ての間違いだった。

「姐さん……今度からはマジ確認頼みますよ……取引先の内情とかは特に……」

「……今回ばかりは非を認めるよ、ハァァ……悪かったねホント……」

 そう、最初にきちんと把握しておくべきだった。
 接客を担当する従業員だけではなく、バックヤード従業員の作業着も用意する意向であったこと。
 その大型商店の従業員がバックヤード込みで数十人もいること。
 人間以外の五種族も男女ともにまんべんなく雇用されていること。
 さらに、ミスミのやる気とこだわりで「部門別に別のデザインを用いてはどうか?」と最初に提案してしまったこと。
 そして、制服というものは一人1着ではなく、予備が必要であるということも……。

 その結果、数カ月間休み無しで「複数デザイン×6種族×サイズ別×人数×予備」の裁断と縫製を繰り返す地獄が誕生してしまったのである。
 種族ごとに違和感のないアレンジを施した制服のデザインを決め、提示された予算との交渉や素材の選定だけで最初の一ヶ月はまたたく間に過ぎた。
 大量の材料の手配や単純作業はさすがに裁縫ギルドからの応援を頼むことになり、派遣された腕っこき達を指導しての慣れない作業で次の一ヶ月は潰れた。
 デザインの微修正や仕上げの確認など、他のものに任せられない作業とマダムデルタの通常の接客にミスミが一人専念することになり、
まるが裏で作業現場の陣頭指揮をとって奮闘し続けたのが最後の一ヶ月。
 臨時職員を返し、最後の仕上げとチェックが終わったピカピカの制服の山を前に、くたびれ果てたミスミとまるはボロボロの屍を晒していた。

「わぁ……!まる、ミスミ、お疲れ様!」

 扉を開けて入ってきたたまが、心配そうな声色でまる達をねぎらう。

「お、おぅ……マジ頑張ったわ……クッソ眠っみぃ……」 

「ああ……たま……すまないが梱包を頼むよ……」

「わかった!ふたりとも休んでてね!あ、シショーの料理できてるから、起き上がれたら食べに行って!」

 そう言って、たまはふんすと鼻を鳴らして制服を丁寧に包み始めた。
 裁縫の腕が拙いたまも、この数ヶ月は出来うる限りの手伝いをしている状態だった。
 できあがった制服の梱包に始まり発送の手続き、カンヅメ状態の作業員への食事の世話など、裏方としてこまごまと働き続けていたのだ。

 ちなみに配送に関しては、知り合いの冒険者に依頼して出来上がったものから少しずつ先方へ届けてもらっている。
 先方の店はメギストリスにあるため、大地の箱舟を使える"一人前の証"を持った者たちへ依頼するのが一番手っ取り早かったのだ。
 貨物便を使う手もあったが、予備分の製作を後回しにしていた都合上便数増で配送料が高く付くことが判明し、泣く泣く諦めた。
 フウタとライコの二人には今回特に頻繁に骨を折ってもらったので、何か追加で手付を……などとも考えている。

 しばらくして、たまが二人の方を振り返った。

「出来たよ!これを届けたら、もうおしまい?」

「ここでの作業はね……。あたしゃもうひと仕事残ってるけどね」

「え、ミスミのお仕事ってなになに?」

「先方に出向いて後金もらって受領証切って、ついでに制服着ているやつらを一通り見てこなくちゃいけないんだよ……」

「あー、裾合わせの微修正とか……」

「場合によっちゃ仕立直しもあるからね。今回はアフターケアまで万全にやる契約だ、ここからも気は抜けないさ」

「ほんとにお疲れさま……!」

 たまは感嘆混じりのため息をついた。ミスミの仕事にかけるプライドは、どんな時でも徹底している。

「そういうの、『しゅっちょう』って言うんだよね?いつ行ってくるの?」

「さすがに今日は無理さねぇ……。かと言って先延ばしにゃできない。明日、かねぇ」

「わかった!じゃあ、明日ミスミと……荷物はまるとあたしが持っていく?」

「いや、あんたら二人といってつは明日から3日休みな。マダムデルタもゴレム亭も臨時休業だ、荷物持ちは別に頼むから」

「ほんと!?やったー!まる、明日からお休みだって!」

「ほ、ほんとっすか……やったぜ、俺このメシ食ったらいっぱい寝るんだ……」

 無邪気に喜ぶたまと、喜ぶ声すら疲れ果てているまるを見て、ミスミは苦笑した。
 今回は本当に無理をさせてしまった。この休みで少しでも回復してくれればいいのだが。

「3日休んでる間には、次の仕事の見通しもつくだろ。よく休んでくるんだよ」

「あざっす……!!」

「ありがとー!」

 さて、そうなると明日の荷物持ちを頼める冒険者を、今のうちに手配しておかなくちゃいけないね。
 疲れた頭でそう考えたミスミは、重い体を起き上がらせて隣室へ向かった。そしていってつ謹製のあたたかい食事を取り、風呂に入って、体をひきずってベッドに入る。

 

 

 最後の小さな仕事だけやり残したことを、すっかり忘れたまま。

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