【うちの子創作-D002】陽(ひ)の色の髪の乙女に。その2【はたらくアストルティア寄稿作品】

 カスガは転生者である。

 転生する直接の原因となった魔物の首魁(ボス)は倒れ、転生の器となった肉体の持ち主とも和解し、これこれしかじかのかくかくうまうまの騒動を繰り返した後、『死に触れて、干渉する異能』を身に着けた。
 その能力を駆使して冒険者として生計を立てていくことを決意した際に、何処かへ本拠地を構えることを思い立ったのだ。幸いにも資金は潤沢にあり、特に大きな労を要することもなくアズランの住宅村へカスガは新居を得ることとなった。
 そしてその際に、留守を預かる人間の雇用が必要であることをカスガは思い知った。何せ、冒険者稼業というものは長期間の不在が珍しくない。留守中の家屋のメンテナンスや掃除等はもちろんのこと、防犯への対策も必要となる。そんな者たちのために住宅村管理協会が用意している制度があった。
 それが、プライベートコンシェルジュ。平たく言うなれば、住み込みのお手伝いさんである。

 過去に遭遇した一件で住宅村管理協会の要人と面識のあったカスガは、これ幸いとその筋から依頼をした。
 仕事の習熟度は問わないが、朗らかでよく気が利き、お互いに話しかけやすいタイプ……留守を預けるのに信頼できる者、というリクエストだ。

 そして数日後、返信を携えてカスガ宅を訪問してきたのが、目の前に腰掛ける陽の色の髪の少女であった。
 その手紙の内容が、こうである。

『拝啓 カスガ様
 (中略)
貴殿のご希望に沿う人材として、最も条件に合致する者がこちらのナゴミで御座います。御家で彼女をご採用いただければ、別紙添付の通りの優遇措置を適用させていただきます。
面談後に合否が決定致しましたら、同封の書類によるご返信を何卒よろしくお願いいたします。

追記 
彼女の抱える問題についてカスガ様からのお取り計らいを頂けますれば幸甚(こうじん)の至りに存じます』

 別添の書類には、プラコン雇用費用の大幅な割引や長期的な家屋メンテナンスといったサービスがずらりと並べられている。
 これはつまり、カスガの能力で彼女を救済する見返り……ということだろう。先述した過去の一件により、カスガは色々な意味で見込まれてしまったのだ。

 確かに、本当に認めたくはないが確かに、今回の案件だけはそこらの冒険者ではおよそ手出しなど不可能だ。天地雷鳴士、デスマスター、僧侶の三系統のどれかを高いレベルで修めた者でなければ、火傷では済まないだろう。
カスガは手紙から顔を上げ、少女にそっと声をかけた。

「ご両親は……お亡くなりになって、まださほど経っておられないそうだね」
「え……!?あ、はい。まだ半年も経って、ない、です」
「ふむ、夫婦水入らずの旅行先で一緒にお亡くなりになられて……天涯孤独の身の上となったナゴミさんは、ご両親のご葬儀の後に身辺整理。住み込みのお仕事を求めて住宅村管理協会へ」
「え、ええ」
「そして、その研修中から身の回りでおかしな出来事が頻発。なるほど、体調を崩す人もいたようだね」

 手紙に顔を落とさずナゴミを見つめながら……いや、むしろナゴミの方を見つめているのに微妙に焦点の合わない表情で、カスガが淡々と告げる。
微妙な居心地の悪さを感じたナゴミは、少し居住まいを正しながら問いを投げることにした。

「……あの、私カスガさんに名乗りましたっけ?というより、そんなことまで書類に書かれていたんですか?」
「ああ、いや。ナゴミさんのお名前は確かに書類にも書いてあったが、残りの件は背後のご両親がそう話しているんでね」
「は!?」

 その言葉に思わず後ろを振り返るが、当然のことながら壁と窓があるばかりである。ナゴミの目にはこのように何も見えていないのだが、目の前のオーガにとっては違うらしい。

「お二人とも相当、ナゴミさんの今後が心配なようでね。一体どちらがナゴミさんの守護霊になるかで揉めに揉めているのが、昨今の心霊現象の原因だよ」
「な……そんなことで、ですか……!?」

 そんなこと。
 もちろん、現世に生きるものであればその程度のことなのかも知れない。しかし、死の壁を隔てて彼岸(あのよ)に生きるものであるならば、此岸への縁としてしがみつくに足る理由になるのだ。

 未練、執着。あるいは願い。

 発端は、本当に些細なこと。不慮の事故だった。自分が死ぬと思っていなかったから、何の準備も覚悟もなかった。残す娘を思う心は、親であれば当たり前に抱くものであるだろう。
 その焦りが想念となり、彼女の背後に押しかけた。
 そして、囚われてしまったのだ。

 今、二人の霊は「娘」に縛られた悪霊一歩手前の状態である。

 このまま推移してしまえば、娘を想う心が娘を殺す。生物学的な死に至らしめるのではなく、社会的な意味で、だ。
 もちろんそれは、ご両親たちの本意ではない。しかし、それすらも理解らないほど錯乱しているのだ。

 愛情と独善が、彼らをここまで曇らせた。

「ご両親の無念は痛いほどに伝わる。ナゴミさんの苦悩もね。だからこそ……私にできることがある」

 カスガは、努めて優しい声音で語りかけた。

「決して、ご両親を苦しめて冥界へ追い払うような無体な真似はしない。だから、私に任せてくれないか?」

 これから、家族も同然で暮らすことになるのだから。

「……」

 ナゴミは、そんなカスガの顔をじっと見上げた。そして再び、何も見えない背後を振り返る。
 どうして、と泣いた。訃報が届いた日。葬儀の日。そして、その後の理不尽な出来事の続く日々に、何度も、何度も。
 もしかして、と思うことはあった。思い込みである可能性は承知していたが、二人そろって生前からとても心配性だったからだ。だから今このとき、真相をカスガから聞かされてなお、恨む気持ちにはなれない。

 だが、このままではいけないのだ――

「お願いします……!」
「承った」

 カスガは端的に、しかし力強く答えた。
 そして緩やかに、右手の人差指と中指をまっすぐに伸ばす。知る人が見れば「刀印」と呼ばれるそのしぐさのまま、静かに目を閉じ大きく息を吐き、カスガは右腕を四縦五横(しじゅうごおう)の格子状に振るった。

「私はあらゆる依頼に対して、いつも最適な解決法を提示することをモットーにしている」

 故に。

「今回は、話し合いで解決しよう」

 

◆   ◆

 

「おかわりをお持ちしました」
「ああ、ありがとう」

 声のした方を振り返ると、あの日と少しも変わらない橙色の髪が揺れている。あれから、ナゴミは髪を伸ばした。面接の日に終始表情を覆っていた陰も、今はない。

 渡されたグラスを受け取り、カスガはほんの少しだけ笑んだ。

「今、ナゴミが面接に来た日の話をしていたんだ」
「ええ!?わ、恥ずかし。ごめんなさいマルグレテさん、変な話をお聞かせしてしまったようで」
「……いやー、まさかナゴミンにそんな過去があったとは」

 マルグレテはすっかり酔いの覚めた様子で、自分の方にも酒のおかわりを渡してくるナゴミを見つめていた。

「え、で、その話のオチは?ご両親のうちのどっちがナゴミンの守護霊になったの?」
「ん、それはだね――」
「どっちもなってませんよ」

 え、と睫毛をしぱたたかせるマルグレテに、ナゴミは苦笑しながら返事を返した。

「ここまで揉めてこじれた以上は、どちらが私に憑いても角が立つじゃないですか。なら、別の人に守護霊をお願いするより他にありませんよね」
「でもさでもさ!逆にそこまでこじれちゃった二人が納得する人選って誰なわけ?よっぽどの人だよね?」

 簡単なことだよ、とカスガも苦笑する。

「祖父母のみなさんをその場へ降霊(および)したんだ」
「……は?」
「合議の結果、母方のお祖母様がナゴミの守護霊を買って出てくださった。そしてお父様とお母様は……」
「残りのおじいちゃんおばあちゃんに強めのお説教を食らって、ちょっと強引に成仏しました」
「……ちょ、え?マジで?そんな解決方法アリなの?」

 ナシよりのアリですかね、と朗らかに笑うナゴミ。
 ちょっと卑怯で強引ではあったね、と頭をかくカスガ。

「孫が自立の道を歩み始めたのに、肝心の親が足を引っ張って何とするか!ってお祖父様が一喝したのが効いたね」
「まぁ、ちゃんと折々お墓参りには行ってるから、それで納得してくれてるはずですよ」
「ご両親も深く反省されたんだろう、ナゴミの周りもあれ以来おとなしくなったからね。生活にも支障がなくなったようだし」
「ですね。あと、おばあちゃんの加護なのか、お掃除やお料理がうまくなりました」

 人生の一大事であったのだろう出来事を、ニコニコと何でもない風に語らう二人に、若干引いてしまうマルグレテである。

「いやぁ……。まぁ、心霊関係(ユーレイ)っていっても色々だねぇ……」
「そうだね、いろいろあるものさ。何だい?もっと血みどろでおどろおどろしい話がよかったかい?」
「アタシの好みはバチバチそっちだよ!今度はそういう系の話聞かせて!」

 わかったわかった、と苦笑するカスガ。
 彼の目には、もちろん今も見えている。

 自分の背後に鎮座する男。
 ナゴミの背後で微笑む老婆。

 しかし、目の前の彼女――マルグレテの背を見守っているモノの姿は、そんなカスガの目にもまるで映らない。これはこれで恐ろしいことなのだが、カスガは別に気にしてはいなかった。
 見えない――理解不能だからこそ、面白い。
 カスガにとって目の前の友人は、そんな希少なカテゴリーに属する実に愉快な存在なのであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?