【うちの子創作-E001】もらえるチョコは。【バレンタイン短編①】

 こんなことを敢えて言うのは烏滸がましさに溢れているようで地の文であっても羞恥で顔を覆いたくなるのだが、それでも言わなくてはならない。
 カスガは、こう見えて意外と……本当に意外と、バレンタインデーに女性からチョコを貰えるのである。

 とは言えもちろん、それらは本気の恋心とありったけの情熱を込め、大いなる葛藤となけなしの勇気を振り絞って渡される本命のチョコではない。いわゆる義理チョコである。
 より深い事情を言えば、「『食べ物の恩を食べ物で返す』が堂々と、しかもそこそこ気楽にできる日がバレンタインデーである」という動機で渡されるのだ。

 カスガの手料理を振る舞われた者、世界中から持ち帰られた美味い土産を渡された者がお返しを考えるとき、そうしたイベントに乗じるのはままあることである。何なら季節の贈答品や記念日のお祝いに関しても、カスガへ贈られるものはやたら飲食物が多い。
 しかし、たとえそれが既製品であっても、バレンタインデー補正がかかったチョコレートというものはやはり男性にとって嬉しいものだ。素直に喜ぶカスガを見て贈った側もこれが正解だったと確信できる。Win-Winである。

 ……ただし、中にはバレンタイン当日から一週間ほど前に「試作品の味見をしてほしい」「味付けのアドバイスをもらいたい」という名目で渡されるものもある。女性の側からカスガがどう思われているのか、このエピソードだけでも推し量れようというものである。
 とはいえ、それを無下に突き返すような真似はカスガは絶対にしないし、親身になってアドバイスもする。本当そういうところだぞお前。



 というわけで、バレンタイン当日の夜。
 カスガ宅のテーブルには、なかなかの量のチョコレートが積まれていた。

「……毎度のことですが、お兄様のお人柄が偲ばれますね」

 苦笑しながら紅茶を入れる、オレンジ色の髪の少女。

「……え、これ本当に全部ご主人様が頂いたのです?しかも女性から?自分で買ってきたとかではなく?パネェのです……」

 ジト目の無表情で驚くという偉業を達成している、小豆色の髪の少女。

 オレンジ色の髪の少女がナゴミ。
 小豆色の髪の少女がホノカ。
 カスガ宅のプライベートコンシェルジュを務める二人組である。

 ナゴミは元・カスガの依頼人。カスガがアズラン住宅村に越してきた当初から務めているベテランであり、ホノカの先輩に当たる。カスガ宅の掃除に洗濯・買い物などの家事全般を担うほか、郵便で届く業務依頼も受け付けて整理する秘書的な仕事をもこなす。
 ホノカはナゴミとは同郷で、ナゴミの紹介で最近働き始めた子だ。植物にまつわる造詣が飛び抜けて深く、それを生かして庭の手入れや菜園の世話を一手に引き受けてくれている。それにより外にいることが多いため門番的な役目も果たしており、急な来客への応対も彼女の仕事だ。

 二人ともよく働いてくれる、カスガ自慢のプラコンなのである。

「大丈夫、全部もらうときに先様へ確認してある。『うちの子たちと分けても大丈夫か』ってね。さ、好きなやつを持っていくといい」
「ありがとうございます!」
「ご主人様、今日は輝いてるですよ」

 カスガの言葉に二人とも破顔し、テーブルの上のチョコをそれぞれ開封し始めた。カスガも手近にあった一箱を開け、中に入っていた小粒なチョコをお茶請け代わりに口へ放り込む。甘く芳醇な味わいが口に広がった。
 そうして紅茶とチョコレートの味を楽しむカスガの脳裏に、ふとひとつの疑問が浮かんだ。

 そういえば、この子達からチョコレートを貰っていない気がする。

 しかし、目の前でチョコの取り合いに興じている二人へチョコの催促をするのは躊躇われる。プラコンの主人の振る舞いとしても、やはり何か違う気がする。
 そんな多少の葛藤を抱えながら、カスガはゆっくりとカップの紅茶を飲み干すのだった。

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