【うちの子創作-D002】陽(ひ)の色の髪の乙女に。その1【はたらくアストルティア寄稿作品】

「スガやんってさぁ、けっこー私生活(プライベート)謎だよね」

 二人がけのソファを独り占めし、仰向けのだらけきった体勢でそう語るマルグレテ。手にしたグラスの残りをちびりと飲むその顔は、ほろよい加減といったところだろうか。

「謎、かい?」

 テーブルを挟んで対面に腰掛けるカスガも、同様に琥珀色の酒が注がれたグラスを手にしている。今はつまみ代わりに皿へ盛られたチーズとナッツを咀嚼しており、こちらの方はオーガ生来の赤ら顔で醉いの加減は見て取れない。

「謎でしょー?やたら神出鬼没だし、めっちゃ料理うまいのに料理人やってるでもなし」
「料理は趣味だからね」
「こないだはラッパの修理に来たけど、別に音楽家ってわけでもないっしょ?」
「まぁそうだね」

 今夜は絡み酒になるかもしれないな、とカスガは苦笑する。ヴェリナードでなんでも整備屋を営むこの友人は、今日は出張でカスガが居を構えるこのアズランまでやってきていたのだ。どうやら今回の仕事はあまり愉快なものではなかったらしく、現場の仕事を終えて早々に先触れもなくカスガ宅に押しかけ、夕方からずっとクダを巻いているという有様だ。

「いーじゃんいーじゃん教えてよー。スガやんのお仕事の話、守秘義務違反しない程度にさー」
「さっき、ナゴミにもそんなこと言ってなかったかい?」
「ナゴミンはさー、真面目だから逃げられちゃったよー」

 仕事のストレスと酒の勢いのせいか、いつになく押しの強い甘え方をしてくるマルグレテである。こうしたモードになった彼女は、おそらくテコでも意見を変えないだろう。
 カスガは苦笑いをしながら、酒がわずかに残った飲みかけのグラスをテーブルに置いた。仕事の話。カスガ家に勤めているプライベートコンシェルジュ、所謂メイドであるナゴミから日々のプライベートな話を赤裸々に聞き出されるよりも、自分自身の裁量で話をしたほうが幾分かマシかもしれない。

「そうだな……じゃあ、ナゴミの面接の話でもしようか」
「マジで!ナゴミンとの馴れ初めとか超そそるじゃん!」
「いや、これは私の仕事の話でもあるからね」
「……へ?どゆこと?」

 その話がどうカスガの仕事に繋がるの、と疑問符を浮かべた顔のマルグレテに、カスガは冗談めいた口調で続けた。

「マルさん、心霊関係(ユーレイ)の話は大丈夫な人だっけ?」

 

◆   ◆

 

(厄介ごとを押し付けられたかな)
 目の前で繰り広げられている惨状を見ながら、カスガはそっとため息をついた。

 カスガは「祈祷師」と称されている。名付けられたきっかけこそ揶揄含みだったものの、今ではカスガ本人もこの変わった呼称を気に入り、自称にも用いている。
 祈祷師は「霊を相手にする」生業だ。昨今のアストルティアにおいては天地雷鳴士のように精霊に通じる者、デスマスターのように死霊に通じる者、そして僧侶として神的存在に帰依し奉る者、と大きく分けてみっつの大きな枠組が存在する。更に細かに言うなれば、レンジャーや賢者、あるいは踊り子も霊的存在に接する一面があるといえるだろう。
 そうした者たちの職分のひとつは、悪霊と化して現世に迷惑を及ぼす存在に成り果てた悪霊――或いはモンスターを力づくで祓(はら)うこと。さらに可能であるならば、迷える魂を成仏させるべく対話を行い、死後の安寧を祈ることも含まれる。
 もちろんカスガには、いずれの場合でも問題なく対応できるノウハウとキャリアがあった。為ればこその祈祷師である。
 だが、そのふたつが同時に起こっているとなると。

「あの、その……すいません!もしもご迷惑なら、すぐにお暇(いとま)いたしますので……!」

 目の前に腰掛けた明るい橙色の髪の少女が、泣きそうな顔でカスガを見上げている。そして、その背後では。

『いいから離れなさいよ!アンタみたいな自分勝手なやつに、この子を見守る資格なんかないわ!』
『うるさい!いいから黙って成仏しろ!お前のでしゃばりにはうんざりだ!』

猛烈に言い争うふたつの霊魂(ユーレイ)がいた。

 そして、その霊同士の争論で巻き起こされる霊圧の余波で、強い寒気を覚えさせる気持ちの悪い波動(オーラ)が少女の周囲へ放たれ続けている。十分に霊的処置の行き届いたカスガの家であってさえ、それは抑えきれない重圧となって淀んでいた。
 そんな様子にカスガは小さく嘆息し、目の前に腰掛ける少女とその背後に向かって声をかける。

「慣れっこだから気にしなくともいいさ。とりあえず、お二人ともお静かにお願いできますか?」
『何を偉そうに!いかに屈強なオーガであろうが、霊に指図ができると思うなよ!』
『こっちは今取り込み中なのよ!そっちが静かにしなさいよ!』

 二人のその返答に深々とため息をついたカスガは、浅く息を吸い込むと右手を掲げる。人差し指と中指を伸ばしたそれが、数度空を切った。
 すると、部屋に立ち込めていた陰気な圧力が一気に霧散し、それに終始気圧されていた少女は、驚いたように背後を向く。彼女の背にかかり続けていた重圧は綺麗に失せたようで、何が何やらわからないまま少女はきょろきょろし始めた。
 その様子を確認したカスガは右手をゆっくり下ろし、少女を含めた空間に向けて告げる。

「申し訳ないが、ここが私の自宅である以上は私が法律だよ。ご両親に対しての無礼は心苦しいが、勘弁してもらえるかい」

 その言葉を耳にした途端、少女は目をぎゅっと瞑った。

「やっぱり……お母さんたちなんですね……」

 少女はへなりと頭を抱え、再びうつむいて震え始める。その心中は察するに余りある。身の回りに対して――つまるところ世界に対して、死した肉親が大迷惑を及ぼす存在に成り果ててしまったのだ。この光景は……いつ見ても、心が痛む。
 カスガは今一度、この少女が持ち込んだ手紙を手に取った。

 送り主の欄には、「住宅村管理委員会」の名が記されている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?