【ティア小話ワンドロ】ある夏の独奏会。

「あいよ、頼まれてたのあがったよ~スガやん」
「ああ、いつもありがとう」

ここはヴェリナードの街の一角、整備屋の店内。
店主のウェディ、マルグレテはカスガへにこやかに注文品を渡してきた。

「いつも贔屓にしてくれてありがとね~。今回はどしたのさ、珍しいもの持ち込んだよね」
「珍しいかい?」
「ん~、珍しいはちょっと違うか。スガやんぽくないというか」
「そうかい?」

そう言いながらカスガが掲げるのは、一抱えはある大きな楽器のケースである。
音楽を愛する種族であるウェディなら、楽器を持ち歩くのはそう珍しいことではないかもしれない。しかし、カスガは武を重んじる種族のオーガだ。確かにミスマッチではあるのかもしれない。

「スガやん物持ちいい人だと思ってんだけど、今日のそれも年季入ってるね」
「はは、貧乏性なだけさ。最初に買ったものを後生大事に使っているだけだよ」
「ふ~ん。いや、オーガって楽器のイメージ太鼓ぐらいしかないから」

あっけらかんとしたマルグレテの物言いに、カスガは笑いながら言葉を返した。

「どちらかといえば、楽器でモンスターを殴り倒しそうなイメージかい?」
「ぶっ!あはは、そこまで脳筋だとは思ってないけどさ」
「いや、実際モンスターを大振りな笛で殴り倒したりする人もいるという話だよ」
「マジで!?ちょ、そういう笛超見てみたい!」
「ははは、さすがに私は持ってないよ。あまり身近なものじゃないからね」
「マジか~。でも気になるな、もしいつか見かけたらウチの店のこと売り込んどいて!解析したい!右目が疼くわ!」
「中2だねぇ」
「うっせうっせ」

マルグレテの右目は道具の解析に特化した魔眼である、という話は以前に聞いている。
その話をカスガに伝えた同族の若者は、奇しくも店主と似た名前であった。彼の紹介でカスガもこの店にいくつか仕事を持ち込んだのだ。

「さて、ちゃんと直ったかチェックしないとな。ここで少し鳴らしてもいいかい?」
「あ、めんごスガやん。今、うちの店内騒音厳禁」
「おっと?そうかい、なら仕方ないな」

特に理由を聞いたりはせず、カスガは思索を始める。いくら音楽に親しみのあるウェディの街ヴェリナードとはいえ、よそ者が街角でいきなり楽器を演奏するのは憚られた。王族の麗しい歌声に慣れた住民たちから怒られる可能性も否定できない。

さて、どうしたものか。

「お、じゃああそこはどうだろ!」
「心当たりがあるのかい?」
「うん!ついてきてスガやん!ペコ、ちょっち留守番頼んだ!」

お供のニードルマンに声をかけ、マルグレテはカスガの手を引いて外に出る。まもなく夕食の時間だが、夕暮れにはまだ早いと言わんばかりの夏の日差しが、しぶとく街並みを照りつけていた。

 


「ここかい?」
「そ。なかなかの絶景っしょ」

数々の裏通りと階段を経由し、マルグレテが示したのは――確かに絶景。
ヴェリナードの外郭を形成する壁のてっぺんであった。

「ま、巡回の兵隊さんに見つかったら怒られるかもしれないけど。今、ちょうどシフトの隙間のはず」
「なんでそんなことを君が知っているんだ?」
「まーまーまー」

ニヤニヤ顔でごまかすマルグレテを、仕方ないやつと苦笑して見やるカスガ。

「じゃあ、急ごう」
「そーそー。急ごうぜスガやん」

そう言いながらカスガをケースから取り出したのは、大振りな金管楽器であった。
いくつかのパーツに分けられて収納されているそれを、カスガはてきぱきと組み立てる。

「手際いいね」
「習い性でね」

そう言いながら組み上がったそれは、オーガの体格でやっとさまになるほどの大きさ。
それをすばやく口に当て、まずは基本音。次いで、1音半上の音。

「……」
「どう?いけそ?」
「ああ。しっくりくる」

そのまま、全音をひとつひとつ確かめるように、下から上へ。上から下へ。
すばやく、じっくりと吹き終えたそれを、カスガは口から離した。

「完璧だね。いい仕事をしてくれてありがとう」
「おっしゃ!今回は結構繊細な作業だったから、ちょっと不安ではあったんだ」
「だろうね。いや、ありがとう」

そして、カスガはすばやくあたりを見渡す。まだ、人影らしきものは見当たらなかった。

「せっかくだ。一曲披露させてもらっていいかい?」
「お?スガやん本気?こちとら女王様の歌で耳が肥えてるヴェリナードの民よ?」
「なぁに、いい音楽に種族の壁はないはずだ」
「かーっ、来ましたすごい自信!その心意気やよし!やってくれたまへ!」
「ああ。では、少し勇ましいやつを」

そう前置きして、カスガはすっと金管を構える。
ひと息の後に紡ぎ出される音色は、ヴェリナードの海風と夕暮れ前の金色の日差しに乗って踊り始めたのだった――

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