ミスミさんの出張大作戦!(4/4)
「いい加減、タネを教えておくれよ」
メギストリスでの納品を無事終えて、ミスミの今回の仕事は完全に終了した。揃いの制服を着こなして新装開店の準備に励む従業員たちの姿はとても華やかで、先方からは想像以上だと深く深く感謝された。
縫製の不都合や納品数の漏れもなく、微細な修正も必要なし。最後の仕事はさっくりと終了し、ミスミとカスガは従業員総出での見送りを受けた。
……実は、裏でこっそりと契約していた以上の特別ボーナスをも打診されたのだが、これはミスミのプライドが許さない。その場できっぱりと断っておいた。
カスガはその様子を、始終一歩引いた位置で眺めていた。
「タネ、ですか?」
空とぼけた様子のカスガは、箱舟の中ではついにその言及をかわしきった。カスガがやったことは間違いないと乗客はみな確信していたが、その手段についてはさっぱりわからない。
急所を短剣で刺したのだと予想するものもいれば、真空魔法で吹き飛ばしたのではないかと詰め寄るものもいた。
カスガはその全ての予想を肯定も否定もせず、箱舟がメギストリスに到着するまで、ただ笑ってやり過ごし続けていた――
「そうだよ。なんだいありゃ、大王イカを一発でのしちまったやつ」
「ああ……」
カスガは少しおかしそうに笑い、懐から例のスティックを取り出した。
それをゆっくりと手で弄びつつ、ミスミの顔を見ずに独り言のように語り始める。
「即死呪文、ってご存知ですか」
「即死……呪文?」
聞いたことはある。生命力を回復させる呪法を反転させたと言われる、危険極まりない呪文だ。
ゴースト系やゾンビ系のモンスターのそれには特に気をつけることは、ミスミも駆け出しの頃に嫌というほど叩き込まれた。
確かに、即死呪文……"ザキ"は、理論上僧侶も使えるとされている。だが、それを習得するものは非常に少ない。その理由は研鑽を重ねても成功率が極めて低いためであり、前線に立ち続ける歴戦の武僧であっても実戦で使えるレベルにあるものはいないとされている。
「私は、それを使うのが人よりも"上手"なんです」
「……」
「まる君たちには内緒ですよ。さすがに今回は誤魔化しきれないんで、特別にお話させてもらっただけですから」
そう言って、カスガはスティックを懐にしまい込んだ。そしてそのまま、すまなそうにも……困っているようにも見える顔で、笑う。
ミスミはその様子を、神妙な顔つきで見つめていた。
「……アンタ、アレかい?ガートラントで一時期――」
「すみませんが、人違いです」
表情だけは笑いながら、カスガはピシャリとミスミの言葉を遮った。
「私は、わたしです。人の噂になるような者でも、何か特別なものでもない。どこにでもいる、一介のおせっかい焼きです」
「……」
ミスミは、それで全てを察した。
同時に、それは絶対に口に出してはいけないし、誰かに教えていいものでもないことも理解してしまった。
何せ……このオーガの抱えている"事情"が予想通りなら、彼が今こうして生きていること、それ自体が猛烈に"ヤバい"。
それを"知っている"ことを知られるだけで、たまを奴隷商人から救い出した時よりも危ない橋を渡るハメになるのは確実だ。
「……よかったです。たまちゃんの経緯で察してはいましたが、どうやらご存知だったようですね」
カスガは、胸をなでおろしながらつぶやいた。
「もし"ご存知ではなかった"ら、私は――」
「やめやめ。悪かったね、変なこと聞いて」
ミスミは不敵に笑う。目の前にいる男がどういうモノか知った上で、それでも笑った。
自分は彼に助けられた。それも、考えうる限り真っ当な手法でだ。そこは絶対に間違いない。
「ちゃんとわかったよ、ありがとう。さすがはまるの友達だね、あいつも見る目があるじゃないか」
「友人が褒められるのは嬉しいですが、私はそんな大したものではありませんよ」
「いや……うん、まぁ、それは置いとこうか。改めて、今回の仕事をアンタに頼んでよかった。感謝するよ」
「それはどうも、恐縮です。また機会がありましたら、気軽に声をかけてください」
そう言って会釈するカスガへ、ミスミは右手を差し出す。カスガはそれを見て、すぐに自分の右手を差し出した。
しっかりと握られた手と手は、そこに生まれた新しい信頼関係の強さを示しているかのようだった――。
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