うんこ製造機vs製造元の製造元のうんこ


僕:月に数回福祉系の派遣で小銭を稼ぎつつ、近場に住んでいる祖母の面倒を見たり、家事をしたりして、雨と埃だけ食って辛うじて生きる社会不適合26歳うんこ製造機。 中学生の一時期を祖母宅で暮らしていた。

祖母:しっかり者で、料理上手で、子供や孫たちにも優しい完璧超人だった。足を痛めている。                        数年前アルツハイマー型の認知症になってしまった80代。
"孫"や"息子"という分別はつくが、誰が誰だかは分かっていない。
要介護3。


祖母は辛うじて1人で暮らしているが、日中はデイサービスで面倒を見てもらっていて、朝と夕の送迎は必ず近場に住んでいる家族の誰かが付き添っている。僕もそのうちの1人だ。

その日は、夕方にデイサービスから帰宅した祖母の様子が少しおかしかった。                                いつもなら、玄関で出迎えた僕に「よく来てくれたわねえ・・・」と言いつつ、現実には20年前には潰れている近所の商店が、つい最近閉店して困っているという話を延々としているはずだが、送迎員さんから荷物を受け取る僕を素通りし家の中へと入っていく。

挨拶もそぞろに家の奥まで歩いていくと、ドタドタと廊下を進みトイレの中に入っていった。

この時点でだいぶ嫌な予感はしていた。
常日頃おしっこはダダ漏らしであるが、紙パンツと尿取りパッドのファランクスのおかげで、ズボンに漏れてしまっても"周囲が少しおしっこ臭いな・・・"程度で済んでいる。

しかし、その日は違った。
祖母が通過した背後には"深み"と"コク"がある香りが尾を引いており、
空間そのものを支配するような湿った空気が蟠っていた。

とりあえずトイレを待ってみるか・・・と出入り口付近で待ってみるも
10分経っても20分経っても出てこない。
じきにジャージャーと流す音が何度も何度も聞こえてくる。

30分くらい経ってようやくトイレから出てきた祖母は、
変わり果てた姿となっていて、開口一番に僕を怒鳴りつけた。

「早く帰って頂戴!!!!!」

ついに"その日"が来てしまったか・・・、と思った。
僕が愛した祖母は、全身にうんこを纏った
哀しきうんこモンスターに産まれ変わっていた。

狭い個室でバレないようにうんこを処理しようとして失敗してしまったようだ。
かつて毎朝手料理を作ってくれていたその手はうんこに染まり、
誰よりも小綺麗に整えていた衣服はうんこ化粧を纏っている。

トイレに入る前は白かったはずのシャツの襟元が、カフスが、お尻周りが、
まるで青海波を描くうんこ染めにお直しされていた。

「私のことなんて放っておいて!早く帰って頂戴!」
見るからにパニックを起こしている。

うんこを漏らした事実に耐えきれず、
また、家族に知られてしまった羞恥心とこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないという気持ちからだろう。
目撃した僕を家から追い払おうとうんこまみれの魔の手(本当の意味で魔の手)が目前に迫っていた。

人生最速レベルのバックステップでそれを躱し、
痛めた80代の足では追いつけない程度の間合いを取る。

「とりあえず落ち着いて!大丈夫だから!そのまま!」
ジュラシック・ワールドの例のポーズで間合い管理を行いながらうんこモンスターを宥めるも、                        「大丈夫なわけじゃないじゃない!!!」
大声量で言い返される、まぁ大丈夫じゃないよな・・・

自分で出せる限りの最も優しいセリフを某戦場カメラマンのようなテンポで繰り出しつつ、少し落ち着きを取り戻したタイミングで
「まず服を脱ごう、ね?」
人生で口走ることはないと思っていたセリフが、実の祖母に初解禁される。

なんとかうんこ一式装備を脱がせることに成功。
しかし脱がせたは良いものの、よく思い返せば祖母宅は古く、昨夏からシャワーはぶっ壊れていた。
お風呂周りはデイサービスの入浴介助に頼っているので、今更直すのもな、と放置されていたのだ。

つまり、うんこという介護のラスボス相手に初見縛りプレイを強いられている。

頭を切り替え、一刻も早くうんこまみれの手だけはなんとかせねばと洗面台へ誘導し、石鹸で手を洗わせた。

その間に僕はキッチンへ行き、お湯で濡らした濡れタオルを用意したが、
痛めた足では少しの時間立っている事すら厳しかったらしく、壁に手をつきながらヨタヨタと歩き、リビングのベッドに座ってしまっていた。
ああ、ベッドのシーツが・・・

仕方がないので、ベッドに座らせたまま温めた濡れタオルで体を拭かせ、
新しい紙おむつと着替えを用意して着替えさせ、
必死の説得と声かけでなんとか "全身うんこ形態-パニックモード" を解除した。

30分程度を要して人間の姿を取り戻させることができたが、                        それからもしばらくの間                       「どうしてわたしこんな事になっちゃったのかしら・・・」
とリビングにあるベッドに座って号泣していた。

毎朝、祖父の仏壇に手を合わせ、
「お父さん、どうか皆を見守ってください」              「長生きさせてくれてありがとう」                   と祈っていた祖母が、

「こんなことなら長生きするんじゃなかった」
「早く死なせて頂戴」と言いながら泣いている姿は、
"フィクションではなく現実にこんな地獄があるんだな"
ということを思い知らされた。

そんな感傷に浸っていると、祖母は先程まで身体のうんこを拭いていたタオルで顔を拭おうとしていた。
やめて!!!!!!!!!!!!!

ベッドから見えるテレビをつけ、気を逸らさせていると祖母はだいぶ落ち着いていた。その隙に目を盗んで、戦いで犠牲になったうんこ衣服と大量のタオルをビニール袋に詰め込み、弔う。

他にもうんこで汚れた壁や廊下等、30分以上かけて後処理を済ませた。
一先ず全てを済ませた僕がリビングに戻る頃には、祖母はすっかりうんこを漏らしたことも、僕が来ていた事も忘れていた。

「あら!来てたなら言ってくれれば良かったじゃない!」
つい数十分前まであった出来事を全て忘れており、笑顔で僕に話しかけてくる。
「今日は買い物に行ってないから食べる物もないのよ、ごめんなさいね~」
「最近誰も来てくれないから寂しかったのよ~」
足が弱く、買い物になんてもう何年も行けていない。
毎日誰かしらが来て朝食と夕食を用意しているが、帰った10分後には来たことを忘れているので祖母の主観では普段誰も来てくれてはいないのだ。

でも、今孫が来ているという事実だけは認識していて、それを喜んでいる。
「これ上げるから、使わないなら貯金しなさい。」
優しく微笑みながら渡してくる1000円札は
まだほんのりうんこが香っているような気がした。(気がしただけ)
まさにうんこ手形だ。

帰り道にその金で僕は年末ジャンボを1枚だけ買った。

来年こそはウンがついているかもしれない。

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