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ほっとく

言葉的には冷たく感じるかもしれないが、僕にとって“ほっとく”ことも寄り添うことの中に含まれる。

同義として、「様子をうかがう」という言葉が一番近いかもしれないなと感じている。

もちろん、距離感を近くしながら、その時々に会話をしながら、寄り添うというのもある。

30代前半までは、そういう指導スタンスばかりだったように記憶している。

だけど、日々積み重ねていくと、そうすることで僕への依存度を強くさせてしまっているなあと感じるようになってきた。

こうなることは、僕が望む形ではない。

人は、一人では生きていけない。これは基本の中に持っている。

頼りあって、時には甘えることもしながら、日々の生活を送っていくのが人間だと思う。

だけど、判断や決断といったことも含めて、“踏み込む力”は個々人で持っていてほしいと感じている。

考える力や人と少なからずコミュニケーションをとることが出来る人は、誰かに判断や決断を委ねたり、答えを委ねるようでは、「あなたは誰のために生きているの?」と質問したくなるくらいになる。

頼ること、甘えることに慣れ、人のために生きる人生を送ってしまっている人には、その人の本質的な想いを感じ取りながら、自力で踏み出せる道筋を作り出すとこまでは近い距離感で寄り添い、「大丈夫」と思えたときから離す。

はじめのうちは、寂しくて、苦しくて、腹も立つだろうし仕方ないだろう。

でもその先に見える世界観が、本当に「あなたの望む世界観」なんだということを信じて僕は、“ほっとく”という選択をすることもある。

僕の活動に関心を持っていただきご支援いただける方はよろしくお願いします。一人でも多くの人が心が弾むような生活が送れるように悩み事をひとつひとつ丁寧に対応していきたいと思います。がんばります!!