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構造を見るということ

見るということはとても象徴的な言葉で、驚いたのは全盲のアスリート同士が昨日のテレビについて『あれ見た?』と話をしていたことだ。見るというのはただの視覚の話ではなく、意識的に対象を認識するという意味合いを含む。そしてまた『見える』ということには、構造を理解するということも含む。

対象を見るということは視覚の話だが、背景が見えることは想像力の話で、構造が見えることは知識の話だ。シャーロックホームズが依頼人の少しの特徴から相手の背景を想像していく描写がある。同じものをみんな見ているが、その理由が分かるのは想像力を持っている人だけだ。

いい子になってるねと高野進先生に言われたことがある。メダルを取った後自分をよく見せようとしていた状況で言われた言葉だった。同じ状況を見て成長したなと表現する人もいた。表面に見えているのはあくまで現象で、心の奥で起きていることそしてこれから起きることが想像できるかどうか。

想像力に大切なのは知識もあるが体験の影響が大きい。選手が急に道を外れてしまう時に何が起きているのかを本で学ぶことはできても、実際に自分の人生で体験した人間の方が心の機微がわかる。かといってただ体験が多様であればいいわけでもない。自分の体験を拡大し相手の状況と結び付けられるかが重要。

構造は目に見えない。だから知識が必要だ。例えばアメリカでは収入と子供たちのスポーツの機会は相関していて、収入が低い子は肥満が多い。日本でもそれが起きつつある。だから、スポーツをする機会を作る必要があるがそのためには場所がいる。都市部で運動が可能な場所は学校の校庭が多い。

校庭を借りることは今はできるが、非営利団体なら可能で営利団体はできないなどのルールが地域または学校によってまちまちだ。しかし非営利団体は、投資を受けられないので拡大が難しく小規模でおこなうことが多く、スケールメリットが出ない。結果として部活動が収入格差を埋める手段になる。

このような構造が見えると子供の肥満の解決に、学校の施設管理を外部に委託するために必要なルール変更はなんだろうかということになる。部活は問題だ、格差は良くないと表象で反応することは簡単だが、問題の解決には大体複雑な構造が絡みそれが見えるようになるには知識がいる。

知識がない人は構造が見えず、構造が見えない人は表象に反応して生きていく。そして知識が増えるかどうかは表象を見てなぜなんだろうと疑問と興味を持つことから始まっていく。構造が見えてこない人は要するに好奇心が小さすぎる。

社会問題の構造を知りたい方へ
リディラバジャーナル

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