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負けるとわかっている日

昨日はスピードスケート女子1000mで高木選手が金メダルを獲得しました。本当に素晴らしいパフォーマンスでした。この1000mに小平選手も出場していました。500mのレースで17位だった後、私は小平選手がどのような表情で1000mに出場するのかをずっと考えていました。

滑走系と私たちのような滑らない地面を走る競技では違いはある程度あるとは思いますが、それでもタイムがはっきりと出る世界で長く競技をやっていると、誰よりも自分自身が自分の調子をよくわかるようになります。練習ではタイムも取りますし、体調もわかるからです。

私たちの世界では本番に向けて調子の波を作るピーキングという技術があります。同じような実力の選手がこのピーキングによって0コンマ数秒変わってしまうことがあり、それは決勝進出できずに敗退するレベルから、メダルを獲得するレベルの差ぐらいあるのです。このピーキングの成否を決めるのが、自分の体調を把握しそこから将来どのような体調になりそうかを予測する技術です。熟達するとこの制度は高くなります。企業で言えば予実比が97,8%の精度に収まるような感覚でしょうか。当然その精度が高くなればなるほど今置かれた状況から数ヶ月後に何が起こるか予測できるようになります。

小平選手は一月の練習に向かう道の途中で捻挫をしていたそうです。全力を出す練習すらできなかったのかもしれません。もちろんそれでも選手はいくばくかの望みを持って、またこれまでの経験には今回は当てはまらないと信じ込ませようとしながら、なんとか少しでも調子が上向くように調整します。けれども、ほとんどの場合は残念ながら予想通りになります。経験を積み自分を理解するということはそういうことです。

2008年中国で地元の金メダルを期待された龍翔選手は試合一時間前の本来ウォーミングアップをしている時間に、下を向きながら自分の足で壁を蹴っていました。アキレス腱の痛みが酷くほとんど走れない状態で試合に出ざるを得ませんでした。1時間後少し離れた会場から大きな落胆とブーイングの声が聞こえました。

選手にとって調子が良くない中で、それでも周囲が期待する中で試合に向かうことほど恐ろしいことはありません。私は一発は当てるけれどもムラがあるタイプでした。ある意味でメダルしか狙っていないところがあって、今回は到底メダルには届かないと察した試合ではずるずると驚くほど順位を下げるということがよくありました。調子の良い時は選手の本当の顔はなかなか見えません。苦しい厳しい局面で、隠しきれない自分の本当の性質が浮き出ます。

私は小平選手がどんな表情で会場に現れるのかを見ていました。少なくとも素人目には今までと変わらない淡々とした表情で現れてウォーミングアップをする姿を見て、強い人だなと思いました。こういう状況で選手の基本的な姿勢が最も明らかになります。

「今日も今の自分のベストを尽くす」シンプルなことですがこれをやり続けることは容易ではありません。小平選手が一貫してきた競技姿勢がこの日に集約されているように感じました。

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