本番で力を出し切ることの難しさ
長文ファンの皆様おはようございます。
体験しないとなかなかわからないことの一つに「本番で力を出し切る難しさ」があります。その力があることと、必要な時にその力を出し切れることは違う話です。陸上競技の世界では「その年のベスト記録」と「本番(五輪や世界陸上)でのタイム」を比較して「本番発揮率」を調べる方法があります。10"00がその年のベスト記録だった選手が9秒台で走れば発揮率は100%を上回り、10秒以上かかれば100%を下回ります。
走る能力を高める努力と、発揮率を高める努力は質が違うものです。前者はメソッド化しやすいですが、後者はなかなか難しいです。
本番で力を出し切ることが難しい最大の理由は「注意の扱いが難しくなるから」です。当たり前ですが、本番は普段と環境が違います。相手選手の意気込みも違えば、競技場も違いますし、観客も違います。そして何より自分自身の中での「重要度と希少性」が違います。この勝負はなかなかないものであり、結果が出るかどうかが人生の行く末に作用するという点が普段と違います。
30cm幅の線の上を歩くことは簡単にできますが、30cm幅の橋の上を歩くことは大変に緊張します。なぜなら重要度が違うからです。
希少で重要な場面では、「注意」が自分のコントロールから引き剥がされがちになります。
たかが数百人に見られる卒業式の舞台ですら動きがギクシャクします。これは重要度に加え、普段は注意すらしていない自分の歩き方に注意が向かった為です。うまくいかなかったらどうしようと未来に注意が向かうこともありますし、気になっていた技術に注意が向かうこともあります。そこに注意を向けたくて向けているのではなく、場に飲まれて注意が環境に翻弄されています。
「いまここ」から離れた注意はほぼ例外なくパフォーマンスに悪影響を及ぼします。
本番で力を出す鍵は「注意の扱い方を知ること」に尽きます。人間は自分の心に直接手を突っ込むことはできません。心は注意を向けたことに反応する「自動妄想装置」です。本番発揮率を高めるトレーニングとは注意の向け先を扱う練習とも言えます。
「自分のレースをしたい」「集中したい」と選手が話しますが、これらは全て注意の話です。注意を自分の側に置き続けたいという事実を言い換えたことに他なりません。
実はそのさらに先に注意自体が消えて無くなり、自分がただの器となって環境と一体となる世界があると考えています。これが熟達論で言及した「空」の世界ですがこれはまた別の話なので省きます。
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