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諦めるセンス

私は「あきらめたらそこで試合終了ですよ」という言葉に励まされた世代です。スポーツの現場でも厳しい局面で諦めなかったことで勝負が覆る瞬間を見てきました。一方で、何かに熟達し経験を経ていくと、勝敗が決したことを察する瞬間がどんどん前倒しになります。

笑い話ではありますが世界で最も優れたチェスの打ち手同士が勝負するとコイントスをしてどちらが先に打つかわかった瞬間に「参りました」と投了する、という話があります。熟達した世界の勝負ではミスが起きにくく、勝負のセオリーもお互いに熟知しているので勝負を分ける瞬間が素人にわからないような前半にきます。

小出監督がご健在だった頃、オリンピックを目指す高橋尚子さんの国内選考会でカメラが密着していることがありました。20km前地点あたりでまだ先頭集団で走っている時です。「頑張れ」と呼びかける小出さんの前を高橋さんが駆け抜けカメラが切り替わる直前に本当に小さな声で「だめだ」という声が入っていたことがありました。

箱根駅伝や高校野球が面白いのは適度に未熟だからです。だから大番狂わせが起きる。熟達者の世界ではそのような隙はありません。陸上のような競技は試合よりも前のピーキングに勝負のどころを見出すようになります。レースより準備が重視されるということで、スタートラインに立った時点では既にある程度の勝敗が決まっているというわけです。

戦略とはつまり試合が始まる前に勝負ありの状態を作ること、スポーツを離れて言うなら試合すらしなくても自分が優位な状態で居続けることを目指すのだと思います。何がまだ勝負できて、何はもう勝負ありなのかを察することは大事です。

既に勝負が決しているものに労力を投下していないか気をつけなければいけません。真面目に頑張る性質を持っていながら、他方で何を頑張るべきかを考える能力がまだない場合、やってもやっても報われない苦しさを感じがちです。だいたいそういう人の負けパターンは、負けが決まっている勝負にこだわり頑張り続けることです。諦めているのに続けている状態は一番良くありません。

この話はだいたい「ではいつやめることを判断すればいいのか」という問いに行き当たることが多いです。実はこれは誰も知りません。諦めなければ本当に逆転することもあります。しないこともあります。データを根拠に考えるにしても参考にはなりますが、限界があります。可能性は常にゼロにはなりませんが、絶対うまくいくこともありません。不確かな中で自分で決めて自分で責任を取るしかありません。

人生の成功には「何に労力を投下し、何にすべきでないか。いつまで諦めるべきではなく、いつ諦めるべきか」のセンスが大きく影響します。このセンスは考える力を磨くことで高められるという人もいます。それはある程度は貢献すると思いますが、私は結局自分で選び痛い思いをして学ぶ経験に比例して高まると考えています。

人生の最大の制約条件は、人生は有限であり人はいつか死ぬということです。全ては選ぶことができません。人生の充足感は、

頑張る
諦める
選ぶ
選んだことを自らに納得させる

によって高まると私は考えています。

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