私、大宮大奨の自己紹介
ダンサー、振付家、映像作家、俳優。。。。一体何者やねん。
色々とやりすぎがちなのですが詳細プロフィールはこちら↓↓
そんな私はどこから来て何処へ行くのでしょう?
生まれは岐阜県岐阜市、田舎なのか栄えているのか分からないフワッとした匂いがする
風景が特徴なのが岐阜市です。そんな岐阜駅には黄金に輝く織田信長の像が建っております
山岳部の飛騨高山エリアに行けばスキー場や、温泉、世界遺産の白川郷合掌造りが建ち並ぶ
豊な自然を満喫できるエリアのなのですが、
ちょっと半端な便利さで山深いところで暮らしていたら良い経験もしてそうだしネタが出そうな感じなんだけど
そんな刺激はないのでごくごく平凡な学生時代でした
高校生では建築士に興味があったため建築の学科に進み勉強していた
かなりのめり込んで勉強していたし熱意はあった
だけどひょんなことで幼少期にしてみたかったダンスを高校2年生で始めることとなった
いわゆる一般的なダンスではなくてタップダンスから始めるというアプローチだった
ダンスも建築も好きだったけど結局どちらか一つを選ばないと納得いかないタイプだから
進路相談の時に大学に行かず就職を選ばず、「ニューヨークでダンス留学します」という
常軌を逸した進路相談となった
あれは親もビビっただろうな、誰にも相談せずに勝手に決めているんだから。。。
宣言してからふーん留学ってこうやってするんだっていうのを調べ始める
結局のところ行けばなんとかなりだろうと思っていた
肝心な英語力は絶望的で月曜日から日曜日も怪しいくらい。。。
そんなこんなで高校卒業から半年くらい準備をして2006年10月28日に日本を離れアメリカに向かう
初めの3ヶ月はBrooklynでホームステイなんか響きはめちゃくちゃカッコいいけど
実際は®️トレインの終点の駅で95th st station だったかな
全然栄えていない
消防隊をやっているという情報のお父さんと専業主婦のお母さん
男三人、妹1人の家族構成
ごくごく普通のアメリカンなファミリー
いやー食事が毎回カチカチパスタにミートボールにマッシュポテト
あれはキツかったなぁー、うんち出なくなったし
お父さんも一度も消防隊してるそぶりなかったな
ホームステイに来る人で稼いでたかな 笑
ニューヨーク編はなかなか長くなるのでまたの機会に
そんなこんなでアメリカでは8年間滞在していて
スーパーシャイボーイだった10代で渡米した僕はかなりアメリカンになって帰国。
タップダンサーになりたくて渡米もヘンテコダンサーになって帰ってきたなぁ
日本帰国後も沢山のご縁をいただきダンサーとして生きていくこと
家族を持つことが出来ている
とにかく幸せだ。
さぁこれから大自然の長野での生活が待っている
僕は何処へ向かうのだろう。。。
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