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ボルバキアは宿主を絶滅させるか?キタキチョウの例

昆虫では、しばしば母から子に綿々と伝わり続ける微生物が感染している。このような微生物は、メスからしか次世代に伝わらないので、オス(息子)に伝わった微生物は、その世代で行き場を失う。つまり、宿主の寿命が尽きた時点でおしまい。デッドエンドだ。

ところが、もし微生物が宿主の性比を操作してメスに偏らせることができたらどうだろう?そのような微生物にとって生存上有利となるはずだ。実際に、微生物が原因で子がメスのみになるといった現象が様々な昆虫種で見つかっており、それらは利己的な微生物などとよばれている。

しかし、そのような微生物の感染が増えてくると困ったことになる。宿主集団の性比がメスに偏り、そのうちオスが足りなくなり、集団の絶滅につながる可能性がある。宿主もろとも消え去ってしまうわけである。

キタキチョウ(上写真)は、北海道を除く国内で結構どこでもみられる小さな黄色い蝶なのだが、なぜか種子島では、このような微生物(細菌ボルバキア)によって集団性比が著しくメスに偏っている。我々は「ボルバキアはキタキチョウの集団を絶滅させるのではないか」という可能性を念頭に調査を行った。

このボルバキアはメスにしか感染しておらず、このボルバキアを持ったメスから生まれる子は100%メスのみとなる。一方、非感染のメスから生まれる子には雌雄がほぼ同数含まれている。感染メスは常に非感染メスから生まれたオスと交尾して子を残す。

ではなぜ、種子島に生息するキタキチョウでは、これら2種類のメス(感染メスと非感染メス)が共存していられるのだろう?ふつうに考えると、メスのみを産む感染メスが増えていき、非感染メスが相対的に減ってくるので、そのうちオスが足りなくなり、いずれ感染メスのみになったキタキチョウは種子島から絶滅してしまうのではないかと思われる。

10年以上にわたって調査を行うと、変動はあるものの、どうやら2種類のメスは安定的に共存しているように見える。感染メスは非感染メスよりもわずかに小さいことが統計的に示されたので、適応度が低いせいで増えられないとも考えられるが、仮にそうだとしたらどうして集団内で維持されているのだろう。とても安定的には維持できなそうだ。

オスによるメスの選り好みを想定すると、2種類のメスの安定的な維持に対して、説明がつけられそうだ。そのためには、まずオスは感染メスと非感染メスを見分けることができないといけない。これについては、オスは単に大きいメスを選ぶことによって結果的に非感染メスが選ばれているのかもしれない。実際にキタキチョウのオスにサイズの異なるメスを同時にあてがうと、大きい方のメスが選ばれるという過去の実験結果がある。オスによるメスの選り好みがあるとした上で、2つの可能性が考えられる。

1つの可能性は、負の頻度依存選択とよばれるもので、オスに2種類の遺伝的な多型が存在するというもの。非感染メスを選ぶchoosyオスと、選り好みしないnon-choosyオスだ。集団の性比が著しくメスに偏った場合、メスはオスと交尾できない可能性が出てくるため(実際に種子島で採集すると、多くのメス成虫が未交尾だ)、娘を残すよりも息子を残すことが繁殖上、格段に有利になる。つまり、より多くのオスを残せるので、choosyオスはnon-choosyオスに比べて有利になり、集団中にchoosyオスが増えると同時に、非感染メスが増えることになる。そうなると集団性比は1:1に近づいていくはずだ。性比が1:1に近づくと、今度は息子を残すメリットが減っていき、選り好みに労力をかけないnon-choosyオスが有利になっていくだろう。このように、性比は著しいメスバイアスと1:1の間を変動しながら安定的に維持されていく。

もう1つの可能性は、遺伝的な多型を想定せず、性比に応じた表現型の可塑性とでも呼べるものだ。集団性比に応じてオスがchoosyになったりnon-choosyになったりするという可能性だ。そんな可能性は低そうに思えるかもしれないが、私はこの可能性のほうがむしろ高いのではないかと考えている。蝶などでは、オスは常にメスを探している状態で、基本的にメスに対してあまり選り好みしない(non-choosy)。ところが、著しくメスに偏った場合のみ(極端な例として、メスがオスを求めて飛び回ると言った逆転現象が他の蝶で知られている!)、オスは同時に複数のメスと出会うことが多くなり、そのような場合、大きなメス(非感染メス)を選んでいるのかもしれない。そうすると、感染メスに比べて非感染メスが増えてくるので性比は1:1に向かうだろう。1:1になるよりだいぶ手前で、今度はすぐにオスがnon-choosyになるため、やはり性比はメスバイアスに向かう。つまり、性比は変動しながらも安定的にメスバイアスが維持されるだろう。

まだ詳しいことはわかっていないが、少なくともボルバキアによってキタキチョウが絶滅するようには見えず、絶妙な形でメスに偏った性比(および2種類のメス)が野外で安定的に維持されているのではないかと考えられる。このことは、結果的にキタキチョウだけでなくボルバキアにとっても好ましいことだと言える。ただし、キタキチョウ側から見ると、交尾できないメスが多く生じたり、性比の偏りから遺伝的な多様性が減少するなどの悪影響を代償にして絶滅を逃れているとも言える。

引き続き調査を進める予定なので、今後また新たなことが見えてくるのではないかと思われる。これら一連のキタキチョウの研究は、様々な人の協力によって成り立っています。他にもいろんなことが見えてきているので、また時間をおいて紹介しできればと思う。

Feminizing Wolbachia endosymbiont disrupts maternal sex chromosome inheritance in a butterfly species. by Kageyama D, Ohno M, Sasaki T, Yoshido A, Konagaya T, Jouraku A, Kuwazaki S, Kanamori H, Katayose Y, Narita S, Miyata M, Riegler M, Sahara K; Evolution Letters 1: 232–244, 2017.
Persistence of a Wolbachia-driven sex ratio bias in an island population of Eurema butterflies. by Kageyama D, Narita S, Konagaya T, Miyata M, Abe J, Mitsuhashi W, Nomura M; bioRxiv https://doi.org/10.1101/2020.03.24.005017 (March 25, 2020)

キタキチョウの写真は、小林功さんによる撮影です(種子島にて)。

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