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希望を託した新しい船出 富士葵2ndアルバム「シンビジウム」レビュー

2021年3月16日富士葵2ndアルバム「シンビジウム」の先行配信が始まりました。3月24日のCD発売に先駆けての配信ということで、早速各楽曲の感想を述べていきます。

01.シンビジウム

シンビジウムは2021年2月1日に先行配信がされています。その際に書いたレビューはこちら。

02.Eidos

Eidosも2021年2月23日に先行配信がされています。その際に書いたレビューはこちら。

03.チョコレート

最初聞いた時の感想は名の通り「チョコレートのように甘い曲」でした。歌詞でもチョコレートを恋の例えに使って表現しています。2番のサビまで恋する「僕」のあふれんばかりの気持ちがつづられていて、聴きながら口から砂糖が出そうでした。耳になじむ軽やかなピアノの音もそれを後押しして、聴いているとこちらの胸も弾むようです。

しかしラスサビの「あふれだす ねぇ 残り1つポケットの中のチョコレート」から様子が変わります。それまでの葵ちゃんの希望に満ちた歌い方から、急に歌い方に切なさが混じります。歌詞の解釈が別れるところだと思いますが、私はラスサビを聴いて「この恋は実らなかったのでは?」と思いました。「溶けて消えていく」「きっと忘れない」という歌詞からも、それがうかがえます。

そしてこの曲は始まりと終わりの歌詞が「粉雪がふわり舞い降りた」になっています。始まりの「粉雪がふわり舞い降りた」と終わりの「粉雪がふわり舞い降りた」の歌い方の差がもう絶妙。最後の方が少し切なくてビターな味を感じます。

この曲をループで聴いていると「粉雪がふわり舞い降りた」で終わった後にすぐ冒頭に戻るので、2つの同じ歌詞の歌い方の違いが際立ちます。この曲の構造が巧みで思わずうなってしまいました。

04.コヨーテ

民族音楽のようなイントロから始まる躍動感と疾走感にあふれた曲です。メロディと歌詞からコヨーテの生命力を感じます。普通に聴くと葵ちゃんの格好いい歌い方も相まって元気が出そうな曲ですが、私は泣きました。たぶんこのアルバムで一番泣ける曲です。

歌詞を読むと、この曲は「手向けの曲」なんです、立ち止まってしまった誰かのための。この手向けの意味は色んな解釈ができます。このアルバムタイトルの「シンビジウム」の語源「cymbe(舟)」や、キャッチコピーの「どうか、沈まないように」が意味する船出、その長い旅の途中に志半ばで果てた人たちへの手向け。もしくは夢を途中で諦めてしまった同士たちへの手向け。

私はVのオタクなので、この手向けは今はいなくなってしまったVtuberさんたちへの手向けに聴こえました。2017年にデビューした人たち、2018年にデビューした人たちの中には、3周年を迎えられなかった人たちがいます。いなくなった理由は様々ですが、そんな人たちの思いも今活動を続けている人たちは背負っているんだな、と感じました。

今はもういない人たちの思いを背負って「戻れるけれど それはできないって 君の代わりにたくさんの花束を持った」や「いつかなんて言葉を並べていたら いつもいつも届かない」という歌詞を力強く歌える葵ちゃんはすごいです。今生きている人たちが夢を叶えられるように願わずにはいられない、そんな曲でした。

05.Anitya

これまでの曲とは打って変わって重厚なメロディの曲です。それに負けない葵ちゃんの力強い歌声が印象的でした。ミュージカルが好きな葵ちゃんだけあって、こういう声に奥行きというか伸びを感じる曲は聴きごたえがあって私は好きです。

この曲は夢を追う人が自分を鼓舞するような歌詞に感じました。どんなことがあっても自分の信じた道を進むしかない、その背中に励まされます。また歌詞の中に「自分という色で 白紙の明日彩り続けるんだ」や「羽化して飛んでいくように」という、これまでの葵ちゃんの活動を思わせるワードが散りばめられていてニヤリとした歌劇団も多いのではないでしょうか?

タイトルの「Anitya」の意味をWikipediaから引用します。歌詞の「美しいものはいつか朽ちてく」とか「生きていく 未完成のままで」あたりから「Anitya」のイメージを感じました。

無常(むじょう、巴: anicca, アニッチャ、梵: anitya, アニトヤ)とは、仏教における中核教義の一つであり、三相のひとつ。生滅変化してうつりかわり、しばらくも同じ状態に留まらないこと。非常ともいう。あらゆるもの(有為法)が無常であることを諸行無常といい、三法印の1つに数える。

06.Q.E.D.

Q.E.D.(証明終了)というこの曲は、軽快なロックナンバー。クラブで流したら盛り上がりそうな曲だと思いました。ロックな葵ちゃんも格好いいです。葵ちゃんのがなり声も聴いてみたくなりました。

歌詞も運命なんてくそくらえと言わんばかりにロックな歌詞です。世界に息苦しさを抱いて、自由や自分の居場所を指向する一種の「青さ」を表現した歌詞は、「うっせぇわ」を始めとする最近の流行なのかもしれません。この曲は「うっせぇわ」ほど社会に刃を向けた歌詞ではありませんが。

こういう曲調や雰囲気の葵ちゃんのオリジナル曲は少ないイメージがあるので貴重ですね。バラードからロックまで様々な曲が聴けるのがアルバムの良いところ。アルバムの真ん中にこの曲を入れることで、全体がピリっと締まっている感じがします。曲順の意味もいつか葵ちゃんの口から聞けると良いですね。

07.ヨスガノカケラ

「身や心のよりどころ」を意味する「ヨスガ(縁)」を曲名に据えたこの曲は壮大な愛と感謝の歌でした。ミュージカルを思わせる豪華な楽器たちの重奏と、葵ちゃんの深みのある歌声の相乗効果が見事でした。

歌詞も恋人を思う愛の歌とも取れますし、この歌詞の主人公を葵ちゃんにしても歌劇団にしても文脈が通るのは本当にズルい。葵ちゃんが好きな人ほど深く刺さる歌詞です。

個人的な一番の聴きどころはサビの「どれだけの儚い愛情が 私を導きこぼれゆくの」の歌い分けです。1番のサビでは力強く歌い、メロディもそれに合わせるようにバーン!と音を乗せてきます。それに対しラスサビでは一瞬ほぼ無音になり葵ちゃんの儚げな歌声とピアノだけから始まり、途中から他の楽器が合流するというメリハリのあるものになっています。ラスサビを聴いた時「これが引き算の演出か!」と膝を叩きました。

08.秘密を聞いてよ

私はギターの音色が映える曲に弱いんです。ギターとドラムの音が格好いいこのナンバーは人の二面性を歌っているように感じました。「言いたい でもね言えない」「笑ってるけど 笑っていない」「愛しさが怖い 君と離れたくない」という歌を聴きながら、なんとももどかしい気持ちになりました。

どちらかはっきりさせた方が良いのはわかっているけど、灰色のままにしておきたい。そういうことって人生でよくあることだと思います。誰もが秘密を抱えている、それをさらけ出せる君という誰かと繋がりたいけど、指が震えてしまう。「ヤマアラシのジレンマ」というやつです。

09.8分19秒

光速で太陽から地球まで約8分19秒。この時間を曲名にしている通り、光やその時間を比喩に用いた歌詞になっています。満員電車に乗り込み人ごみに流されていく描写や、曲中に差し込まれる囁くような「評価 安定 優越感」というセリフは、色あせた日常に飽き飽きしている社畜の私には解像度が高すぎて耳が痛かったです。

この曲も「秘密を聞いてよ」と同様にギターの音色に痺れました。間奏のギターとドラムの音が最高です。葵ちゃんがTwitterに収録風景や楽器の写真を投稿していましたが、このアルバムの曲たちは本当に音が豪華です。

そしてこの曲も葵ちゃんの歌で意味を作るのが上手い。1番の「誰かのコピーを生きていたんだ」や「あまき死よきたれ」よりも、ラスサビの同じ歌詞の方が感情がはっきりと乗っています。この差が歌にストーリーを生み「僕」が光に向かって一歩踏み出したんだと思いました。

10.紫陽花が泣いた

この曲を聴き終わった時、この曲以外アルバムのラストを飾るにふさわしい曲はないだろうと感じました。船出の「シンビジウム」から始まり、未来への希望を託した「紫陽花が泣いた」で終わるのは、美しいにもほどがあります。

歌詞は曲名の紫陽花を表現に上手く使っていて、紫陽花に毒があることをこの曲を聴きながら思い出しました。「綺麗にさいた紫陽花が 藍の色で染まる愛しさで」の部分は紫陽花が色を染めるのに使われるのを上手く使った歌詞に感じます。もしかすると「アイ」が「藍」と「愛」にかかってるのかもしれません、早く歌詞カードを読んでみたいです。

過去にオリジナル曲「MY ONLY GRADATION」で「手に入れろ 僕だけの色」と歌った葵ちゃんが、この曲で「何も染まらずひたむきな愛を」と歌っているのは、これも文脈というか面白い変化だと思いました。自分だけの色を持つことと、何にも染まらないことは、違うようで同じことなのかもしれません。

そしてこの曲は葵ちゃんお得意のハスハス曲です。特にAメロの「震えてなんかないよ」を震える声で歌うのが凄すぎて鳥肌が立ちました。歌の感情表現が強くて、最後の曲で特大のエモをぶつけてきたと思いました。

この曲は特に音に特徴があり、水がしたたるピチョンという音が入っていたり、曲のアウトロが1分以上と長めだったりします。このアウトロの楽器の演奏が、この1曲だけでなくアルバム全体の余韻をより際立たせてくれていて、映画のエンドロールを見ているかのようでした。

特典映像

特典映像はiTunes限定のため、詳細は伏せますがアルバム「シンビジウム」のコンセプトに関わるような物語を見ることができました。気になる方はぜひご購入下さい。

その話には「旅人」が登場するのですが、このアルバムの歌たちはその旅人が体験した出来事や受け取った感情なのかもしれません。もちろん曲単体では聴く人の心境や環境で解釈は異なると思うのですが、アルバムを通して聴いた時、愛しい人たちとの出会いと別れを繰り返し、迷い傷つきながら希望を捨てず歩んできた旅人の足跡のように感じました。

まとめ

富士葵の色々な歌声とたくさんの音が詰まった宝船のようなアルバムでした。このアルバムで伝えたかったことは何だろう?と考えた時、曲全部を通して「自分らしい色で良いんだよ」と言ってくれている気がします。あと大切な人への愛情と出会えたことへの感謝も感じます。葵ちゃんが1stソロライブOVERTUREで決めた合言葉

あ:愛する心
お:思いやる気持ち
い:一期一会

に通じるものがありますね。「Eidos」の「アオイままでいるよ」と合わせると、今も昔も葵ちゃんは葵ちゃんということなのかもしれません。いつかこのアルバムを引っ提げて、富士葵2ndソロライブが開催される日を楽しみにしています。

最後に現状どの曲が一番好きかという話をすると、私は「コヨーテ」が一番刺さりました。色々あった過去を全部抱えて前に進む姿に弱いんです。これからまた何度もこのアルバムを聴くと思うので、たくさん聴くと違った感想になるスルメ曲が出てくるかもしれません。

このアルバムは聴き終わった後に感想をバーッと早口で語りたくなる、面白い映画のような体験をくれました。こういう感想を語りたくなる作品は良い作品です。歌劇団のみなさんの長文感想も楽しみにしています。

ここまで読んでくれてありがとうございました。このアルバムがみなさんにとって、何年経っても色あせない1枚になりますように。

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