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目指せ!サステナブルな教師#7|計画的偶発性理論と教師

1 キャリア理論ー計画的偶発性理論をご存知ですか?

今回は、計画的偶発性理論が教師にとって、どんな意味を持つのかを考えてみます。

計画的偶発性理論とは、キャリア形成に関する理論です。スタンフォード大学の心理学教授、ジョン・クランボルツさんが提唱しました。彼は、未来のキャリア形成をどのように考えたらいいのか、という問いに対して、人間のキャリア形成には偶然の要素が大きいことに注目しました。

クランボルツさんの考えは『その幸運は、偶然じゃないんです!ーー夢の仕事をつかむ心の練習問題』(ダイヤモンド社)の中に汲み取ることができます。少し長くなりますが、引用します。

私たちは、人々がキャリアについての意思決定をするための支援に多くの時間を費やしてきました。しかし、みなさんには、今後一切キャリアの意思決定をしないでほしいのです。なぜでしょうか? 〝キャリアの意思決定〟とは、ひとつの職業に永遠に関わり続けることを宣言することと解釈することができます。しかし、あなた自身も、あなたを取り巻く環境も常に変化しているときに、ただひとつの道に人生を捧げようとすることはばかげています。私たちはこれまでのやり方の過ちに気づき、今では自分たちを「正しい道に戻った」キャリアカウンセラーだと思っています。 自分の将来を今決めるよりも、積極的にチャンスを模索しながら、オープンマインドでいるほうがずっとよいのです。ひとつの職業にこだわりすぎると視野が狭くなってしまいます。
『その幸運は、偶然じゃないんです!ーー夢の仕事をつかむ心の練習問題』(ダイヤモンド社)
「私たちがどうして〝キャリアプラン〟について今のような考えに至ったのか、あなたは興味を持っているかもしれません。私たちは、自分たち自身の経験から、キャリア開発とはいかに想定外のチャンスをつくりだし、いかにそれらを活用するかの問題だということに気がついたのです。 そして、ある調査の結果、一八歳のときに考えていた職業に就いているという人は、全体の約二%にしかすぎないことがわかりました。〝将来の職業を決める〟という目標は無駄だと思うようになりました。だれにとってもキャリアの目標とは何千もの予期せぬ出来事の影響を受けるものです。」
同上

いかがですか?ここに計画的偶発性理論の主要なメッセージが表現されていると思います。僕の言葉で説明し直してみます。

計画された偶発性、とは矛盾するような響きですが、まさにこれがユニークで大事なポイントなんです。キャリアは偶然なんだから、努力しても無駄だよ、とは決して言っていません。おそらく一番のメッセージは次のようなことです。

・人間のキャリア形成を調査すると、そのほとんどは偶発的な要因によって左右されていることがわかった。しかしその偶然的な要因をよく考えてみると、単なるラッキーではなく、背後には自分の行動が影響していたことも見えてくる。

・ゆえに次のような人は、偶発的な幸運をつくり出し、キャリアに活かせる可能性が高い。それは、1つの選択肢に執着することなく、状況に対して心をオープンにしており、あらゆる経験(現状、失敗や困難など)は未来の何かに資する可能性があると考える人だ。

・逆に、何かに固執し、外界との関わりに閉鎖的になり、経験がもつ可能性を過小評価してしまうと、幸運を作り出すことが難しくなる。

そして、この本には、いかにキャリアの成功が偶発的な要素によるもので、しかも実は背景にはその人のオープンな態度・行動が影響していたがが数々の事例とともに紹介されているのです。

考えてみれば、僕のこの理論との出会いも、計画された偶発性によるものです。直接的なきっかけは山口周さんの『知的戦闘力を高める独学の技法』(ダイヤモンド社)というオーディオブックを朝の通勤時に聴いていたことでした。たまたま耳にとまったのです。

ちょうどその頃、僕は総合的な学習の時間の担当として、キャリア教育について思案していたところでした。それで「これは面白いな!」と直感しました。これは偶然性によるものです。

しかし、もう少し考えてみると、この理論を今こうして話題にしているのは、自分の行動による所も大きいのです。

というのは振り返ってみると、まず、その日、家に帰ってから山口周さんのオーディオブックの該当箇所をもう一度聴き直し、「クランボルツ」という人の名前を確認し、その上で、Amazonで検索をし、購入する、さらにはその本を読むという行動によって初めて、計画的偶発性理論に意味ある形で出会ったのです。逆に、山口周さんの『知的戦闘力を高める独学の技法』を読んだ人は、みんな計画的偶発性理論を理解する訳がないので、やはり計画的偶発性があった、ということです。

さて、それでは、計画的偶発性理論は、教師にとってどんな価値があるのでしょうか?

2 計画的偶発性理論は、教師にとって何がいい?

キャリア理論は、人生全てに関わることなので、その有用性は広範になります。少なくとも、次の3つが直感的に思いつきます。

  ① キャリア教育の大きなフレームワークになる。

  ② 生徒に授業で各教科を学ぶ意味を説明できる。

  ③ 私たち教師がキャリア形成を考える際の指針になる。

順番に説明を加えます。

①キャリア教育の大きなフレームワークになる

様々なキャリア理論がありますが、この理論は変化の激しい現代社会に一番、フィットしているのではないでしょうか。従来のキャリア理論、つまり20世紀前半のフランク・パーソンズの「マッチング理論」、戦後のドナルド・スーパーの「キャリア発達理論」は、今も一定の意義を持つとは思うものの、今の社会環境を考えると、軸にはなり得ません。

そして何より、僕自身は、理論知を元に教育実践をすべきだと考えているので、キャリア教育の大きなフレームワークを手にできる意義は大きいです。実践知だけでは、どうしても指導に迷いが生じるし、実際、エビデンスがないので、本当に教育的に意味がないこともあり得る。それを避けるには、確立されたキャリア理論を学校現場に応用することは大事でしょう。

この理論に基けば例えば、キャリア教育の文脈で「将来の夢はなんですか?そのために何をしますか?」という問いは、ナンセンスだということになります。それよりも、「将来の夢を思い描きつつも、現時点で考えつく選択肢をできるだけたくさん挙げてみましょう。柔軟に挑戦する態度と、柔軟にやめる態度を大事にしましょう。」という指導になります。従前のイメージと大分変わってきますよね。

② 生徒に授業で各教科を学ぶ意味を説明できる。

①とも関係しますが、各教科学習もキャリア教育の中に当然包摂されているのですから、この理論の中で捉えることができます。そして、「どうして勉強しなくちゃいけないの?」という問いに意味ある答えを提示できます。つまり、学校でいろんな教科を学ぶこと理由は、選択肢を広げるためなんだよ、未来のあなたのキャリアは偶然の連続だから、無駄だと思っていたことが、いつ必要になるか知れたものじゃない。今は、価値を感じられなくても、オープンな態度で対象に向き合う練習だと思って頑張ろう、と言える訳です。

もちろん、「今ここで」授業の価値や楽しさを感じてもらう努力は必要ですが、全ての生徒に理解してもらうことは難しいものですよね。それは生徒の多様性を考えればそれは当然ですが、それでもなお、この理論を踏まえると、意味を与えることができる訳です。考えてみれば、スティーブ・ジョブズの有名な「Connecting the dots」(点と点をつなぐ)のスピーチは、計画的偶発性理論の考えそのものです。どの点と点が結びつくかは、未来から振り返ったときにわかることです。現時点では分からない以上、点を増やすことは合理的です。

③私たち教師がキャリア形成を考える際の指針になる

これは生徒のキャリア教育の文脈で利用できるだけではありません。もちろん、私たち教師のキャリア形成にとっても示唆的です。リスクをとって色々なことを試すように背中を押してくれるし、突発的に生じる様々な事件をオープンに受け止める態度が、キャリアを豊かにしていくことを示してくれています。

繰り返しになりますが、キャリア形成は偶然に左右されます。そう分かっていれば、大事なのは偶然を利用する態度や偶然を歓迎する態度、ということになります。僕の最近の経験では、仕事に飽きを感じてきたこともあって一年間、育休を取得しました。これが予想以上に気づきの多い、豊かな日々に繋がっています。現場を離れたことで見えたことがたくさんありました。

また、NHKでメタバースが急速に発展しているニュースを見て、英語の学習を始めました。将来的に、仮想空間上で英語でのやりとりが普通になるだろうと直感したからでしたが、利益はもっと身近で想定外のところにありました。これまではスルーしていた英語の情報源を、キャッチするようになったのです。例えば、日本語訳されていない教育関連書籍を読んだり、イギリスのEEFのサイトを見るようになったり、BBCニュースも見るようになりました。すると当然ながら視野が広がります。英語学習を始めたことがまさに行動の選択肢を広げた訳です(想定していない形で!)。

3 どうやって心の習慣にする?

ここまでを整理すると、計画的偶発性理論は私たちに一つの態度形成を奨励することになります。つまり、

  • 幸運は偶然ではなく、自分の行動次第で生み出せるもの。だから、そのために、何かに執着せずに、移り変わる状況に対していつも心をオープンにしておこう、そしてあらゆる経験(今の生活、失敗、困難)は未来の何かに資する可能性があると考えよう。

  • 逆に、何かに固執し、外界との関わりに閉鎖的になり、経験がもつ可能性を過小評価していれば、幸運は訪れない。

あらゆる概念に共通しますが、このフレームを知っているだけで、経験の知覚の仕方が変わりますよね。だから知っているだけでも利益があると思うのですが、より深いレベルで上記の態度を習得する(心の習慣にする)ためにはどうすればよいでしょうか?自分自身の心の習慣になれば、それを生徒とのやりとりの中にも自然と応用させていけるはずです。

二つのポイントがあると思います。

一つは、過去を振り返ってみて、偶然が思わぬ成果をもたらした経験を思い出すことです。実は、成果の元を辿ると、少なからず偶然の要素が関係していたことに気付きます。「もし、あの時、自分がああやって反応していなければ、この成果は無かったかも」。こうした気付きは、一度立ち止まって振り返らないと得られないように思います。私たちは普段、出来事の因果関係を、かなり単純化した形で理解しているからです。

「すでに自分の成功経験の中に計画的偶発性がある」。この納得感が生まれれば、今後の生活においても「ああ、この偶発的な出来事は未来に何かをもたらすな」とメタ認知的に考えられるようになります。

もう一つは、実際の生活の中で「心をオープンにする」を実践して、結果を観察することです。「心をオープンにして反応した→いい結果が得られた」となれば、オペラント条件付けの学習が成立します。つまり、態度形成が強化されます。

ただ、これが難しいのは、いい結果が得られるまでに時間差があることです。時間差があると、いい結果の原因(心をオープンに反応した)を忘れてしまいがちだからです。例えば、僕がBBCニュースから面白い記事を見つけられた時は、英語学習を始めて、だいぶ時間が経ってからでした。

その時、「面白い記事をBBCニュースから見付けられたのは、自分が柔軟でオープンな態度で英語学習を始めたからだ」と認識することが大事になります。そのためにも、自分が心をオープンにして反応したことを記録しておくといいかも知れませんね。

以上、今回は、計画的偶発性理論をトピックに取り上げ、教師の生活にとってどんな意味があるかを考えました。私たちが専門職である以上、こうした理論知は大事にしたいものですね!!

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