デザインの教科書【デザインの「考え方」を学べる厳選5冊】
こんにちは、遠藤大輔です。フリーのグラフィックデザイナーとして活動しつつ、ニューヨークにあるプラット・インスティテュートという美大でコミュニケーション・デザインを教えています。
この10年ほど、グラフィックデザインやタイポグラフィのクラスを担当する中で、たくさんの素晴らしい本との出会いがありました。その中でも、これまで何度も学生たちに薦め、繰り返し授業で引用してきたデザインの定番書を5冊ご紹介したいと思います。
デザインの定番書といっても、明日から使える「レイアウトの組み方」や「フォトショップの使い方」などのハウツー本ではありません。デザインの「作り方」も大切ですが、今回は、デザインの「考え方」について書かれた本をお薦めしたいと思います。
これらの本を読むと、デザインの背後にある理論、つまりロジックがわかります。デザインがどういう構造や仕組みで機能しているのか、理解できるようになります。さらに、デザインの系譜の中で、自分たちが何を受け継ぎ、次の世代に何を残せるのかを考えるきっかけにもなるでしょう。
欲しい情報がいくらでもネットで手に入る時代ですが、「検索」だけでは自分の知っている以上の情報はなかなか見つかりません。デザインについて考え抜いた人たちの言葉を時間をかけてじっくり読み、難解なコンセプトを必死に噛み砕いて初めて新しい発見があるものです。これらの本が、みなさんのデザインの勉強に役に立つことを願っています。
【デザインの本質を学ぶための一冊】「デザインのデザイン」(原研哉)
本気でデザインをわかりたいと思っている人にむけて、デザインの本質について書かれている本です。お薦めのデザイン書を一冊だけ選びなさいと言われたら、僕は迷わずこの本を選びます。これまで何度も、折に触れて読み返し、その度に新しい学びがありました。
「第一章・デザインとは何か」で著者は、デザインという概念の発生から、今日に至るまでの流れを俯瞰し、その先を見通しています。例えば「コンピュータ・テクノロジーとデザイン」についての著者の考察は、出版から20年近くたった今でも全く古びていません(出版:2003年)。
続く章の中で著者は、自身の仕事を通して「デザイン」について語っています。無印良品の「地平線」キャンペーンについて、その思考や制作のプロセスについて読むと、「デザイン」の本質を垣間見ることができます。
もちろん「デザイン」の捉え方は人それぞれですし、著者のそれはモダニズムに傾倒しているようにも感じられます。それでもこの本で語られている論考は、「デザイン」を語る上で、全てのデザイナーが共有できる素晴らしい視座(パースペクティブ)だと感じます。
特にグラフィックデザインに関心がある人は必読の一冊です。この本が気に入ったら、ぜひ原研哉さんの他の本もチェックしてみると良いでしょう。
【デザイナーでも理解できる、記号論の解説】「イメージと意味の本・記号を読み解くトレーニングブック」(ショーン・ホール)
いつか日本語に翻訳されないかなぁと思っていたら、なんと2013年に翻訳されていました。ブラボー。(英語版は、授業で使いすぎてボロボロです。)
「記号論」とは、大雑把にいうと、「意味」がどのような仕組みで成り立っているのか、またどのように伝わるのかを研究する学問のことです。(←あまりにも乱暴な説明ですみません。)視覚的に「意味」を作ったり、「意味」を伝えるグラフィックデザイナーにとって、この「記号論」はデザインを論理的に理解するのに役立ちます。例えば、記号論学者のパースが提唱したアイコン、インデックス、シンボルという記号の分類法は、デザインを分析するのにとても便利です。
ただ、「記号論」を真面目に勉強しようとすると非常に難解で、かなり苦戦します。参考書を読んでもチンプンカンプンで、実際のデザインの現場では、あまり活用されていないのが実情です。本書では、その難解な「記号論」が、とてもシンプルにわかりやすく、しかもデザイナー向けに解説されています。「記号」とは何か、「意図」はどのように「意味」に影響を及ぼすかなど、コミュニケーションの基本中の基本がとても簡潔に解明されています。これは画期的です。(ちなみに、僕が毎週開催している「デザインの仕組」講座の元ネタの多くはこの本からです。)
ということで、デザインをわかりたい人全てにお薦めの一冊です!
【これからの「デザイン」の可能性を見渡す一冊】「デザインはストーリーテリング」(エレン・ラプトン)
アメリカのデザイン教育の第一人者、エレン・ラプトンの一冊。この本を読むと、デザインの可能性を一望できます。
本書では、デザインに「時間」というコンセプトが組み込みこまれ、デザインが単なる「問題解決」というだけでなく、「ストーリー・テリング」として再定義されてゆきます。確かに言われてみれば、地下鉄の路線表やサイン計画も、パッケージデザインも、時間軸のある「体験」(ストーリー)のデザインということができます。特にデジタル化されたメディア・プラットフォーム上で、「体験」が分断されることなく繋がってゆく現代社会において、デザインを「物語」として捉える感覚はこれからのデザイナーにとって不可欠でしょう。
さらに、「シナリオ計画」や「デザイン・フィクション」といったデザインの新しい分野についても触れられています。いわゆる「意地悪な問題」で溢れた現代社会において、ソリューション(解決策)ではなく、考えるべきクエスチョンを提供する「批判的(クリティカル)デザイン」には、大きな可能性があるように思います。
デザインの機能や、デザイナーの役割はテクノロジーの発展とともに拡張され続けています。デザインのツールに依存しなければ、デザイナーの仕事は、これからもどんどんと増えてゆくことでしょう。デザインの可能性は無限大です。
著者エレン・ラプトンは何冊もデザイン書を出版していますが、どの本も平易でわかりやすく、楽しくデザインを学ぶことができます。初心者から上級者まで、デザインを学びたいと思っている人すべてにお薦めです。
【人間中心デザインや、デザイン思考の源流】「誰のためのデザイン?」(ドン・ノーマン)
すでに20年以上、プロダクトデザイナーのバイブルとして不動の地位を占めてきた一冊ですが、「プロダクト」をデザインすることが増えた最近のグラフィックデザイナーにとっても必読書と言えるでしょう。
本書で紹介される「アフォーダンス」や「フィードバック」、「概念モデル」は、インタラクション・デザインの基礎を成しています。こうした認知科学のレンズを通してデザインを捉えることは、人の役に立つデザインをする上でも、デザインをビジネスに組み込む上でとても役立ちます。
さらにこの本を通して、「人間中心デザイン」や「デザイン思考」の源流を知ることができるでしょう。かつては、人間が機械の使い方を学びましたが、この20〜30年で機械(つまりデザイナー)のほうが人間について学ぶべき時代へと変わりました。さらに、デザイナーだけでなく、エンジニアやリサーチャーが一つのチームとなってプロダクトをデザインする体制では、こうした共通の原則やプロセスが必要になります。
もちろん、著者が提唱した「人間中心デザイン」という哲学は、ともすると環境破壊につながることがあるかもしれません。また、ユーザーへの共感から始まる「デザイン思考」のプロセスは、結局ユーザーを超えるイノベーションに繋がらないと批判されてもいます。事実、著者自身「デザインX」という新しい方向性を模索しています。それでもこの本は、現代に繋がるデザインの文脈を理解するうえで必読の一冊のように思います。
【伝説的デザイナーたちの思考を知るための一冊】「Graphic Design Theory-グラフィックデザイナーたちの理論」(ヘレン・アームストロング)
ヘルベルト・バイヤーや、ポールランド、さらにマイケル・ロックやレフ・マノヴィッチといった、20世紀の伝説的なデザイナーたちによる24の論考がまとめられた一冊です。デザインの歴史を築いてきた作品が、どのような思考の結果生み出されたのかを知ることができます。
例えば、カール・ゲルストナーのデザイニング・プログラム(1964)で述べられている一節、「問題の解決ではなく、解決を得るためのプログラムを」は、デジタル・メディアにおけるデザインの機能を鋭く先見していました。さらに、アートディレクターとコピーライターという共同チームのあり方の先駆者であり、企業ブランディングの大旋風を巻き起こしたポール・ランドの考え方は、ビジネスとデザインの関係を考える上でとても参考になるでしょう。
本書の序文でぼるぼら氏(ライター)が指摘しているように、こうしたデザインの思想を扱った情報はネット上にあまり見当たりません。「他人の考えを吸収し自分のものにするには、だれしもそれなりの時間がかかるけど、そうした時間の束縛や集中を必要とする行為は、無駄な興味を刺激し気を散らすために最適化された現代のインターネットが最も苦手とする部分」なのでしょう。この本は、そうした「インターネット時代のデザイナーに最も欠けている『思想』を手助けする一冊」と言えます。
それぞれの論考は編集されており、そのダイジェスト版が掲載されているので、難しい論考もサクサク読み進めることができます。もちろん、関心があれば、さらに論考の原本を探して読むことも勉強になるでしょう。本書の続編である「未来を築くデザインの思想—ポスト人間中心デザインへ向けて読むべき24のテキスト」もお薦めです。
デザインの考え方を学ぶ五冊【デザインとは考えを視覚化すること】
以上、デザインの考え方を学ぶための必読書を五冊紹介しました。どの本も、とても本質的なデザインの考え方について触れており、デザインの機能や役割について理解する助けとなります。
もちろん、他にもたくさんデザインの本がありますが、この五冊はデザインの意味を考えるきっかけを与えてくれます。デザインの系譜を俯瞰し、これからのデザインを思い見ることは、謙虚にデザインと向き合い、デザイナーとしての健全な誇りを築く助けとなると思います。
かつて巨匠ソール・バスは「デザインとは考えを視覚化したものである」(”Design is thinking made visual.”)と述べました。つまり、より良いデザインを生み出すには、思考の質を高めることが不可欠です。
ご紹介した本が、みなさんの思考の助けとなり、より良いデザインを創造する役にたつことを願っています。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
追伸1
これまでの美大での活動を振り返り、『デザイン、学びのしくみ』という本を書きました(2023年7月20日刊行)。美大のカリキュラムや学習環境、さらに課題や授業を具体的に紹介しながら、創造力を伸ばす方法を詳細に解説しています。
追伸2
2020年5月から、ストアカでオンラインのデザイン講座を開催しています。毎回少人数での開催ですが、これまで150を超える方達が参加して下さいました。講座では、創造にみられる基本的な型の説明から、コミュニケーションデザインの型、さらにタイポグラフィーの基礎までを考えます。これまで僕が大学で教えてきたことを3時間に凝縮してお届けしています。ご関心のある方は、以下のリンクから。
追伸3
グラフィックデザインの勉強は、基本的に独学です。デザイナーとしてのキャリアを充実させるには、学校を卒業したあとも、常に学び続ける必要があるからです。この記事では、通学か独学かといった二者択一の考え方ではなく、美大での学びのアプローチやアドバンテージをいかに独学にも活かせるかを解説しています。
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