平林のみらい
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平林のみらい


先日、『平林のまちづくりを考える会』というものに参加しました。


平林の歴史

大阪市住之江区平林エリアは、大阪の木材事業者集積地の中で最も歴史あるエリアです。平林に貯木場が整備されたのは今から70年ほど前の1952年(昭和27年)。その後木材需要のピークは1970年(昭和45年)ごろにありました。当時の平林は貯木場や水路にあふれんばかりの南洋材が浮かび、たくさんの人が行き来する活気のあるまちだったそう。しかしその後、木材の需要は低迷し、さらに原木で輸入せず現地で製材しコンテナ輸送する方法に切り替わったことで大きな貯木場は必要なくなり、平林のまちに優位性がなくなりました。今や事業者はピークの半分程度、また一事業者あたりの規模も小さくなっています。

なお、貯木場が整備された翌年に平林に移った当社は、このエリアで操業する最も古い事業者の一つなのです。

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平林の貯木場比較 1975年(左)と2007年(右) (出典:国土地理院ウェブサイト)


そんな平林の未来ビジョンを描く、ワークショップに参加したわけです。


事業者の目線

自分自身、これまで当社の将来についてはあれこれ考えを巡らせていましたが、平林の未来をそれほど深く考えたことはありませんでした。そもそも平林は明治から昭和にかけて埋め立てられた土地で歴史は古くありません。また工業エリアでもあるので「まち」という感じではない。ワークショップに参加するまでは、活気があろうがなかろうが当社の事業に影響がなければ正直どちらでもよいという感覚でした。。。

ワークショップでは、「地域住民との交流を」「バーベキュースペースを作ろう」「使わなくなった貯木場を釣り堀に」などいろんなアイデアが出ました。ただそれらは手段であり目的ではないので、そもそもどんな問題があり、どんな地域にしたいのかを考えなきゃいけないなと思って、しばらく自問自答。考えた結果、私の答えは極めてシンプル。

私は平林を20年先30年先も事業継続できるまちにしたいと思っています。今一番危機感を抱いているのはエリアの高齢化。平林では、41歳の私は明らかに若者です。若返ったようで気分はそれほど悪くないですが、まちとしてはこのままではいかんです。

この平林で20年30年と(いや、もっとそれ以上)事業を継続させるためには、ともに仕事をしてくれる仲間、それも私より若い仲間が必要です。となれば、若者が「ここで働きたい!」と思える魅力的な場でなければならない。会社や事業の魅力は私自身の努力すべきところですが、エリアとしての魅力は周辺で操業する皆さんと共に作り上げなければ実現できないテーマです。

またもう一点。私は大阪で木材を扱う地理的なアドバンテージを事業に活かすために平林自体が魅力的であってほしいと願っています。産地で営むケースも多い林材業において、ユーザーとリアルなコミュニケーションを取りやすい場所にあるということ(アクセスの容易性)は、今後間違いなく当社強みになるはず。この先様々な事業展開を模索するつもりですが、お客様に来ていただいて、直接コミュニケーションすることを、新事業の一要素として盛り込めたらと考えています。そうなるとやはり、平林が魅力的でなければ困るんです。


私は平林を「兵どもが夢の跡」にしたくない。事業の形態や領域はこれまでと異なるかもしれないけれど、小さくてもキラッと光る事業者が集積し、またそのお客様が訪れるまちであってほしいと願っています。そして当社もその一つに名を連ねることができるよう、楽しみながら、しっかり精進しようと決意しました。


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写真は平林から眺める夕日。仕事を終えて、疲れた体で駅まで歩く道中に見る夕日は格別。この夕日を眺めながら、お客様と一緒に木のある暮らしについて語り合えたら最高だなー。


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大阪で木材加工を営む大信製材株式会社の専務取締役。環境事業を手がけるアミタ株式会社にて営業、企画開発、人事の仕事を経験した後、2019年9月に妻の実家の家業である大信製材に籍を移す。木材を扱うのはもちろん初めてのこと。41歳のおっさんによる新たな挑戦を包み隠さず綴ります。