米国で『地縛少年花子くん』はなぜ売れる?──グローバル化するマンガの可能性
前回のnoteは、ニッチなテーマでしたが「読んだよ」とたくさんの反響をいただきました。ありがとうございます!
しかしながら、私のなかで1つだけ引っかかったことがあります。
なぜ米国で『地縛少年花子くん』が突出して売れたのか?についてです。
アニメの大ヒットに、その原因を探しましたが、どうもそれだけの理由ではない。調べてみると、米国マンガ市場の意外な特徴が見えてきました。今回は、それをnoteに書こうと思います。
伊藤潤二ワールドが米国を席巻する理由
前回のnote「米国のマンガ市場が急拡大している件」で、『チェンソーマン』『鬼滅の刃』『SPY×FAMILY』といったアニメも大ヒットしているようなマンガは、米国でもアニメに連動してマンガも売れていることがわかりました。
考えてみたいのは、そうした王道マンガではないマンガについてです。前々から気になっていたのですが、米国など欧米を中心にホラー漫画家・伊藤潤二さんの作品がとても人気です。
米国の大人向けカートゥーン ネットワーク「アダルトスイム(Adult Swim)」で、伊藤潤二さんの「うずまき」がアニメ化されたときにYouTubeに公開された3分のティザー映像は、約320万回再生、7,000件近いファンのコメントが付いています。
なぜ伊藤潤二さんの作品は米国で人気なのでしょうか?
映像作品としては、世界最大のアニメプラットフォームであるクランチロールと共同制作した2018年のアンソロジー『伊藤潤二コレクション』があります。
また、2023年Netflixシリーズ『伊藤潤二「マニアック」』も有名です。
しかしながら、伊藤潤二さんのマンガ作品が人気になったから映像化された、という順番になるのが普通です。その前に何かあるはず。
調べるとよく出てくるのは、映画監督のギレルモ・デル・トロ氏などファンである著名人から賞賛です。
ギレルモ・デル・トロ監督は、映画『パシフィック・リム』などの作品があるように、日本の特撮やアニメ・マンガに造詣が深いことでよく知られています。伊藤さんは影響を受けた人物としてギレルモ・デル・トロ監督を挙げており、またデル・トロ監督も伊藤氏の作品に影響を受けているそうです。
また、漫画家を含むクリエーターのアカデミー賞とも呼ばれる、権威ある「アイズナー賞」を受賞していることも伊藤潤二さんの作品がメジャーである理由です。
その「アイズナー賞」受賞を伝えるニュース記事のなかで、伊藤潤二さんの作品を翻訳・出版するVIZメディアの門脇ひろみさんが次のように話していました。(太字は筆者)
伊藤潤二さんの作品は「アート」として受け入れられている。これが伊藤潤二さんの作品が米国で人気である、最大の理由なのかもしれません。
調べていて面白かったのは、伊藤潤二さんが「どんなものを怖がるのか?」のリアクションを撮ったVIZのプロモーション動画が約250万回再生もされていたことです。
「こんなホラーマンガを描く作家は、一体どんなヤツなのだろう?」という、作者である伊藤潤二さんにファンの興味が向かっているということなのだろうと思います。他のプロモーション動画と比較しても、突出してこの「IS THAT SCARY?」の再生回数が多かったです。
作品だけではなく、作家(クリエーター)に興味関心が向かうところが「アート」の感覚に近いように思いました。
『地縛少年花子くん』はなぜ米国で売れたのか?
伊藤潤二さんの受け入れられ方をヒントに仮説を立てるとするなら、「あいだいろさんの『地縛少年花子くん』は、米国でアートとして受け入れられたのではないか?」となります。実際はどうでしょうか。
2024年、「Yen Press」から出版された『地縛少年花子くん』シリーズの最初のボックスセットがアイズナー賞の「最優秀出版デザイン」部門にノミネートされたそうです。下記の動画に、その10冊のボックスセットが紹介されています。
前回のnoteで、米国マンガ業界の流通の課題を「ハンモックの原理」として紹介しました。
こうしたボックスでの売り方は、そうした流通の課題をふまえて商品化されているように見えます。また、ファンがコメント欄に「1〜12巻まで持っていますが、ボックスセットを買います!」と書き込んでいたりします。以前「「マンガ単行本」がグッズ化する未来」で書いたような、ファングッズ的なコレクション要素もありそうです。
さらに関連動画を見てみると、あいだいろさんのアートブックを紹介する動画もあり、「私はあいだいろさんのアートが大好きです!とてもきれいです」といったファンのコメントが寄せられていました。
あいだいろさんのアートワークに注目して解説した動画がいくつかあり、こちらは約9万回再生、コメントも300件以上付いています。
こちらは、あいだいろさんの絵の描き方に関する解説で、なんと約23万回再生です。
それらの動画のファンの英語のコメントを読んでいると、作品やキャラクターだけではなく、やはり絵でありアートとして、作家あいだいろさんを称賛するファンが多いように思いました。
仮説にそって調べた結果なので、かなり偏った見方ではありますが、米国でマンガ作品は「アート」として受け入れられるカルチャーがあることには間違いなさそうです。
二次創作「マンガ・アニメーション」の発見
2021年に急逝したマンガ家である故三浦建太郎さんの『ベルセルク』は、米国でも長くベストセラー作品となっていることはよく知られています。「もしや…」と思って調べてみると、米国で批評家の多くがやはりアート作品として評価していることが、Wikipediaの「批評家の反応(Critical reception)」という項目に参照リンク付きで詳細に書かれていました。
「Guts Evolution Over the Years [Berserk](長年にわたるガッツの進化:ベルセルク)」と題されたこちらの動画は、ファンが勝手につくったものだと思いますが、140万回近く再生されており、2,000件以上のファンのコメントが集まっています。
たった30秒の短い動画を見るだけで、いかに故三浦建太郎さんが綿密にガッツを描いてきたがわかります。つくった方の"マンガ愛"を感じるショート動画です。
ここからいろいろと関連動画を見ていたのですが、英語圏には作品としてのマンガを扱った「ファンの二次創作」動画がとてもたくさんあることに気づきました。
たとえば、約780万回も再生されているこちらの動画。『月刊アフタヌーン』(講談社)で連載されている幸村誠さんの『ヴィンランド・サガ』の、ファンの二次創作動画です。
有名なセリフ「誰にも敵などいない(You have no enemies.)」をタイトルに、おそらくファンが勝手に音楽を付けて作成した「マンガ・アニメーション(Manga Animation)」です。
すごいのは、7,000件近くものファンの大量コメントが付いていることです。
私も『ヴィンランド・サガ』を読んでいるのでわかりますが、ファンがこのシーンに対するそれぞれの思いをコメントでぶつけているのです。ある意味で、YouTubeの「マンガ・アニメーション(Manga Animation)」がファンの掲示板やたまり場のようなものになっています。
もちろん、権利関係上は「どうなのだろうか」という疑問もあります。
しかし、マンガだからこそ「ファンの二次創作」が生まれ、そこにファンが熱烈なコメントを書き込める「余白」のようなものが生まれている。ここにはアニメとは違った、マンガのファンが持つ熱量のようなものがあるように思いました。
まとめ
調べているうちにいろいろな発見があり、最終的にはまったく別の話になってしまったような気もしますが、いかがでしたでしょうか。
私はマンガDXのスタートアップ「コミチ」でCEOを務めていますので、「マンガでどう世界に出ていくのか」をずっーーーと考えています。ですので、今回の内容も調べてみて自分が面白いと思ったことだけをかなり主観で書きました。もしかしたら誤った仮説や偏見が混じっているかもしれませんので、そのあたりはご容赦いただけると幸いです。
あらためまして。コミチのミッションは「マンガを世界に知らしめる」です。
こうしたリサーチを引き続き、自社のビジネスにつなげていきたいと思います。最後まで読んでいただき、大変にありがとうございました!
最後にPRです。マンガDXのスタートアップ「コミチ」は、いっしょにIPOを目指す仲間を募集中です。特にマンガメディアのエンジニアや開発PM(PdM候補)を急募しています!
2024年4月には、一般社団法人電子出版制作・流通協議会の「電流協アワード2024」特別賞を受賞しました。売上YoY200%成長、2期連続黒字化を達成し、急拡大中です。カジュアル面談からでも、ぜひお声がけください!(詳細は下記HPをご覧ください)
それでは、また次回のnoteで。