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米国で『地縛少年花子くん』はなぜ売れる?──グローバル化するマンガの可能性

前回のnoteは、ニッチなテーマでしたが「読んだよ」とたくさんの反響をいただきました。ありがとうございます!

しかしながら、私のなかで1つだけ引っかかったことがあります。

(米国内マンガ出版社売上2位「Yen Press」の)2023年の最大のヒット作はスクウェア・エニックスの『月刊Gファンタジー』で連載する『地縛少年花子くん』で40万7,000部を売り上げました。これは正直なところ意外でしたが、アニメが米国内でヒットしたのかもしれません。

米国のマンガ市場が急拡大している件

なぜ米国で『地縛少年花子くん』が突出して売れたのか?についてです。

地縛少年花子くん|Gファンタジー|Square Enix

アニメの大ヒットに、その原因を探しましたが、どうもそれだけの理由ではない。調べてみると、米国マンガ市場の意外な特徴が見えてきました。今回は、それをnoteに書こうと思います。


伊藤潤二ワールドが米国を席巻する理由

前回のnote「米国のマンガ市場が急拡大している件」で、『チェンソーマン』『鬼滅の刃』『SPY×FAMILY』といったアニメも大ヒットしているようなマンガは、米国でもアニメに連動してマンガも売れていることがわかりました。

考えてみたいのは、そうした王道マンガではないマンガについてです。前々から気になっていたのですが、米国など欧米を中心にホラー漫画家・伊藤潤二さんの作品がとても人気です。

米国の大人向けカートゥーン ネットワーク「アダルトスイム(Adult Swim)」で、伊藤潤二さんの「うずまき」がアニメ化されたときにYouTubeに公開された3分のティザー映像は、約320万回再生、7,000件近いファンのコメントが付いています。

なぜ伊藤潤二さんの作品は米国で人気なのでしょうか?

映像作品としては、世界最大のアニメプラットフォームであるクランチロールと共同制作した2018年のアンソロジー『伊藤潤二コレクション』があります。

また、2023年Netflixシリーズ『伊藤潤二「マニアック」』も有名です。

しかしながら、伊藤潤二さんのマンガ作品が人気になったから映像化された、という順番になるのが普通です。その前に何かあるはず。

調べるとよく出てくるのは、映画監督のギレルモ・デル・トロ氏などファンである著名人から賞賛です。

ギレルモ・デル・トロ監督は、映画『パシフィック・リム』などの作品があるように、日本の特撮やアニメ・マンガに造詣が深いことでよく知られています。伊藤さんは影響を受けた人物としてギレルモ・デル・トロ監督を挙げており、またデル・トロ監督も伊藤氏の作品に影響を受けているそうです。

また、漫画家を含むクリエーターのアカデミー賞とも呼ばれる、権威ある「アイズナー賞」を受賞していることも伊藤潤二さんの作品がメジャーである理由です。

伊藤さんは2019年にメアリー・シェリー原作の『フランケンシュタイン』で「最優秀コミカライズ作品賞」を、21年に『地獄星レミナ』で「最優秀アジア作品賞」を、『伊藤潤二短編集 BEST OF BEST』で「Best Writer/Artist部門」をW受賞している。

世界を席巻する“伊藤潤二ワールド” アイズナー賞2年連続受賞の快挙|AERA 2022年8月8日号

その「アイズナー賞」受賞を伝えるニュース記事のなかで、伊藤潤二さんの作品を翻訳・出版するVIZメディアの門脇ひろみさんが次のように話していました。(太字は筆者)

伊藤作品は海外で「アート」として捉えられている側面がある。ときに1コマに9時間を費やす緻密で美しい絵は、さまざまな試行錯誤によるものだ」

世界を席巻する“伊藤潤二ワールド” アイズナー賞2年連続受賞の快挙|AERA 2022年8月8日号

伊藤潤二さんの作品は「アート」として受け入れられている。これが伊藤潤二さんの作品が米国で人気である、最大の理由なのかもしれません。

調べていて面白かったのは、伊藤潤二さんが「どんなものを怖がるのか?」のリアクションを撮ったVIZのプロモーション動画が約250万回再生もされていたことです。

「こんなホラーマンガを描く作家は、一体どんなヤツなのだろう?」という、作者である伊藤潤二さんにファンの興味が向かっているということなのだろうと思います。他のプロモーション動画と比較しても、突出してこの「IS THAT SCARY?」の再生回数が多かったです。

作品だけではなく、作家(クリエーター)に興味関心が向かうところが「アート」の感覚に近いように思いました。

『地縛少年花子くん』はなぜ米国で売れたのか?

伊藤潤二さんの受け入れられ方をヒントに仮説を立てるとするなら、「あいだいろさんの『地縛少年花子くん』は、米国でアートとして受け入れられたのではないか?」となります。実際はどうでしょうか。

2024年、「Yen Press」から出版された『地縛少年花子くん』シリーズの最初のボックスセットがアイズナー賞の「最優秀出版デザイン」部門にノミネートされたそうです。下記の動画に、その10冊のボックスセットが紹介されています。

前回のnoteで、米国マンガ業界の流通の課題を「ハンモックの原理」として紹介しました。

「最初の数巻」と「最後の数巻」が最も売れて、最後から「真ん中の巻」に向かって売れ行きが最も悪くなる。こうした売れ行きをグラフに表すとハンモックのように見えることから、「ハンモックの原理(The Hammock Principle)」とも呼ばれていました。

米国のマンガ市場が急拡大している件

こうしたボックスでの売り方は、そうした流通の課題をふまえて商品化されているように見えます。また、ファンがコメント欄に「1〜12巻まで持っていますが、ボックスセットを買います!」と書き込んでいたりします。以前「「マンガ単行本」がグッズ化する未来」で書いたような、ファングッズ的なコレクション要素もありそうです。

さらに関連動画を見てみると、あいだいろさんのアートブックを紹介する動画もあり、「私はあいだいろさんのアートが大好きです!とてもきれいです」といったファンのコメントが寄せられていました。

あいだいろさんのアートワークに注目して解説した動画がいくつかあり、こちらは約9万回再生、コメントも300件以上付いています。

こちらは、あいだいろさんの絵の描き方に関する解説で、なんと約23万回再生です。

それらの動画のファンの英語のコメントを読んでいると、作品やキャラクターだけではなく、やはり絵でありアートとして、作家あいだいろさんを称賛するファンが多いように思いました。

仮説にそって調べた結果なので、かなり偏った見方ではありますが、米国でマンガ作品は「アート」として受け入れられるカルチャーがあることには間違いなさそうです。

二次創作「マンガ・アニメーション」の発見

2021年に急逝したマンガ家である故三浦建太郎さんの『ベルセルク』は、米国でも長くベストセラー作品となっていることはよく知られています。「もしや…」と思って調べてみると、米国で批評家の多くがやはりアート作品として評価していることが、Wikipediaの「批評家の反応(Critical reception)」という項目に参照リンク付きで詳細に書かれていました。

「Guts Evolution Over the Years [Berserk](長年にわたるガッツの進化:ベルセルク)」と題されたこちらの動画は、ファンが勝手につくったものだと思いますが、140万回近く再生されており、2,000件以上のファンのコメントが集まっています。

たった30秒の短い動画を見るだけで、いかに故三浦建太郎さんが綿密にガッツを描いてきたがわかります。つくった方の"マンガ愛"を感じるショート動画です。

ここからいろいろと関連動画を見ていたのですが、英語圏には作品としてのマンガを扱った「ファンの二次創作」動画がとてもたくさんあることに気づきました。

たとえば、約780万回も再生されているこちらの動画。『月刊アフタヌーン』(講談社)で連載されている幸村誠さんの『ヴィンランド・サガ』の、ファンの二次創作動画です。

有名なセリフ「誰にも敵などいない(You have no enemies.)」をタイトルに、おそらくファンが勝手に音楽を付けて作成した「マンガ・アニメーション(Manga Animation)」です。

すごいのは、7,000件近くものファンの大量コメントが付いていることです。

私も『ヴィンランド・サガ』を読んでいるのでわかりますが、ファンがこのシーンに対するそれぞれの思いをコメントでぶつけているのです。ある意味で、YouTubeの「マンガ・アニメーション(Manga Animation)」がファンの掲示板やたまり場のようなものになっています。

もちろん、権利関係上は「どうなのだろうか」という疑問もあります。

しかし、マンガだからこそ「ファンの二次創作」が生まれ、そこにファンが熱烈なコメントを書き込める「余白」のようなものが生まれている。ここにはアニメとは違った、マンガのファンが持つ熱量のようなものがあるように思いました。

まとめ

調べているうちにいろいろな発見があり、最終的にはまったく別の話になってしまったような気もしますが、いかがでしたでしょうか。

私はマンガDXのスタートアップ「コミチ」でCEOを務めていますので、「マンガでどう世界に出ていくのか」をずっーーーと考えています。ですので、今回の内容も調べてみて自分が面白いと思ったことだけをかなり主観で書きました。もしかしたら誤った仮説や偏見が混じっているかもしれませんので、そのあたりはご容赦いただけると幸いです。

あらためまして。コミチのミッションは「マンガを世界に知らしめる」です。

こうしたリサーチを引き続き、自社のビジネスにつなげていきたいと思います。最後まで読んでいただき、大変にありがとうございました!


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それでは、また次回のnoteで。

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