玄奘西へ行く22

今一緒に旅しているこの猿がかつて天界を混乱に貶めたあの暴れ猿とはにわかには信じられない。
悟浄の知る話では齐天大圣と言えば、獅駝嶺の三大王よりも凶悪な魔物で、人食いこそしなかったものの(彼は果物しか食わない。)窃盗、強盗、暴行脅迫、拉致監禁、恐喝、殺人、神殺し、オレオレ詐欺等ありとあらゆる悪行に積極的に加担してきたいわゆる今世魔王の様な救いようのない悪党なのであった。
それが今いるこの猿はどうだろう?心が穏やかとは言い難いが、特に問題のある行動を取ることもせず大人しく我らの旅に付き合っている。
「おぬし本当にあの齐天大圣か?」
「そうだ、五百年も鉄の団子と溶けた鉛を喰らっていたのでだいぶ仙力は落ちたがな。」
それでもこれくらいは容易い、と言い一匹の蝉に変化すると、腹が減ったろう?何か食い物を探しにいってくる!と飛んでいってしまった。
「兄者の集めてくる食い物は果物ばかりで飽きたわ!何かもっとこう、力の湧き出る食いものを食わないとこの先旅の難所を越えるのもきついわい。なあ?沙和尚?」
ナマグサも大概にしろ。成仏できぬぞ?
成仏などはなからする気など無いわい!
「とにかく悟空が戻ってくるのを待ちましょうか?みなさん。」
玄奘が言い休憩となった。
玄奘は齐天大圣の乱を知らない。その昔世界を火の海にした巨神兵のような姿を想像できない。
今一緒に旅している悟空は自分に従順な頼もしい弟子であった。何か困ったことがあってもこの三人の弟子達がなんとかしてくれる。私の旅も安泰、さっさと天竺に行って経典もらって長安に帰ろう。
玄奘は気分が良かった。
一方猪八戒はすでに旅に飽きてきている。元々欲望の赴くまま生きてきたこの人食い豚に仏道のストイックな生活が出来るわけがなかった。
肉食いてえ…女抱きてえ…酒は…般若湯と称して瓢箪いっぱい詰めてあるのでこれはよしと、八戒は瓢箪を取り出し酒を飲むと木陰で昼寝を始めた。
ふと甘い香りに目を覚ますと目の前に若い女が立っていた。
おっ?何事じゃ?夢か?
「旅のお坊様でしょう?お腹を空かしていると思い食べ物を持って参りました。どうぞお食べください。」
おっ!ええ匂いじゃ!鳥の唐揚げかの?八戒は女の持っている籠から食い物を取ると貪り食った。
「うまいうまい!娘さん!謝謝!」八戒は娘の手を握り礼を言った。
ひえぅ冷たい!冷え性系か、ええのう!八戒は鼻を鳴らす。
「喜んでくださって何より!仲間のお坊様もいるのでしょう?」娘は八戒に身体を摺り寄せて言った。
八戒の口からは涎が溢れ出し、鼻は豚の鼻に、耳はびよーんと長く伸びた。

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