玄奘西へ行く14

悟空が糞尿を浴びたのには理由がある。

五百年前、天界を荒らし天兵の追っ手がかかった時のことだ。金で雇っていた人間の子分たちも死ぬか逃げるかで皆消え失せ、悟空は一人世界中を逃げ回っていた。
彼は実を言うと戦闘が得意なわけではない。誰かに武術を習ったことはないし身体も虎や獅子の妖怪のように頼もしいわけでもなかった。それでも彼が地上天上を問わず好き放題暴れられたのは天性の動物的勘と竜宮より盗んできた如意金箍棒(これの威力は凄まじい、後述する。つもり…)、そして仙人の須菩提祖師よりこれまた見様見真似で盗み取った七十二の変化術のおかげである。
敵に勝てぬとなればすかさずその相手に変化し数分間であるが互角に戦った。そしていよいよ負けるとなると鳥や蜂、蝉などに変化しその場を飛び去り見事逃げのびた。その変化の完成度は見事で天界の千里眼と言う神でも本物と見分けはつかなかった。
石猿は天界のお尋ね者にも関わらず捕縛を逃れ自由気ままに一人暮らしていたのである。
困った玉帝は観世音菩薩を呼び出すと猿の捕獲を依頼した。
彼女は自分一人では難しい、托塔天王の持っている玲瓏塔に封じられている顕聖二郎真君を召喚して欲しいと頼んだ。彼はかつて楊戬(ヤンジャン)と呼ばれた悪党で石猿と同じく変化の術を得意としていた。三つ目の半妖怪の様な有様であるが由来は不明。玉帝はこの悪党を召喚する事を躊躇したが、現状この方法しかないとポーサに再三諭されると渋々承諾した。
二郎(アーラン)は無罪放免を条件にこの仕事を引き受けた。
ここからお尋ね者とそれを追い詰める保安官の登場する西部劇を想像してほしい。
やばいのが来たな。石猿は雀に変化し飛び去ったがアーランもすかさず鷹に変化し逃さなかった。石猿は川に飛び込み岩魚に化けたが青鷺に変化したアーランに突かれた。虫に化ければ鳥に化け、ネズミに化ければイタチに化ける、始終このようにして石猿を執拗に追い詰めた。流石に困り果てた石猿は真っ向勝負としてアーラン自身に化け立ち向かい互角の戦闘を繰り広げた。石猿の猿真似はそれは見事で厄介であった。集まってきた天兵達もどちらが本物のアーランか見分けがつかなかった。
がそこにアーランの飼い犬の哮天が石猿の化けたアーランに噛み付いたのである。
なるほど、見かけは違わず似せても臭いまでは気づかなかった!狼狽した石猿にポーサが三本の緊箍児を投げつけた。
緊箍児はあっという間に石猿をがんじがらめに締め上げた。
この時の失敗を石猿は五百年忘れなかったのである。

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