玄奘西へ行く4

何故ポーサは自分の姿が見えたと言うだけで僧でない玄奘に天竺行きを頼んだか?玄奘が金蝉子の生まれ変わりであることを見抜いたからかもしれない。金蝉子は遥か昔釈迦牟尼の説法中に居眠りをしていたため下界に修行に出された。その後その消息はわからないが成仏してこないところを見ると修行はうまくいっていないに違いない。唐僧肉にされて九回ほど転生していると言う噂もある。唐僧肉(タンスンロウ)とはその字の通り唐の坊さんの肉である。これは戒律を守った僧、とりわけ童貞であることが重要視されるがその肉を食うと不老不死が得られると言う。妖怪、盗賊、金持ちがこぞって唐僧肉に群がる故唐僧の一人旅は危険なのである。
これは道教による仏教弾圧の手段であって道士たちの流したデマである。人の肉を食らったくらいで不老不死になるわけが無い、が、この時代の迷信は人の命を平気で奪う。実際デマであると証明する手段も思いつかなかった。
唐僧肉の事は玄奘も知っていたが自分は五戒の何一つ守ってきた事がないのでその資格が無いと楽観視しているかも知れない。実際は不老不死の効果があるないに関わらず唐僧は襲われるに決まっているのだがそこまで頭は回っていない。
出発にあたって洛陽より達磨太子の開いた寺の僧兵二名がやって来て天竺まで護衛に付くことになった。とりあえず一人でないのは心強い、玄奘は安堵した。
他国への旅は国禁を犯す事なので出発は隊商に紛れて朝日の登る前、密かに行われた。
ここから数日語る事なし、托鉢での旅を義務付けられたため食べ物には若干難儀したが長安近郊であるため治安は比較的良くまた僧は親切に迎え入れられた。

国境の河州衛を出発してしばらくしてからの事である。玄奘一行は数人の輩に突然囲まれた。完全に盗賊である。
我々は托鉢の貧僧。あいにく金めのものは何一つ持っておりません。どうか御仏の思し召しと思い見逃してくださいませ。と護衛が言った。
「良い良い、それはわかっているよ。俺たちが欲しいのは金じゃねえんだ。もっと価値のあるものなんだよ。」
やばい!殺される!いきなりかー。玄奘は焦った。
「私五戒の全てを破った破戒僧でございます!私の肉など不老不死の価値はありません!どうか見逃してください!」
盗賊達は話を全く聞かずジリジリと玄奘達に近づいてきた。
頼みは二人の僧兵である。強い事を願った。
達磨太子が開いた寺、嵩山少林寺は元来武芸が盛んで彼らは厳しい武芸の修行を積んでいた。はず…
数分か?数十秒だろうか?睨み合いの後盗賊たちは剣を振り上げ襲いかかってきた。
少林拳強い!素手の僧兵達は驚異的な人体能力を駆使して盗賊達を薙ぎ倒していった。
しかし後ろに控えていた首領らしき大男が出てくると形勢は逆転した。大男は雄叫びを上げると姿が一変したのだ。虎だ!こいつはただの盗賊ではない!妖怪だ!虎の妖怪が人間の手下を率い唐僧の肉を喰らいにやって来たのだ。僧兵達は恐れずよく抗ったがこの虎の素早さと怪力には敵わない。
妖怪は一手一手を楽しみつついつのまにか二人をグルグル巻きに縛り上げてしまった。
玄奘は慌ててポーサに教わった念仏を唱えようとしたが唇が震えて声が出ない。流石の釈迦の加護も声が上がらねば無力だ。簀巻きにした三人を部下に担がせ一行はアジトへと向かった。
「この武芸の出来ぬ僧が唐僧である。あとの二人は無用である故打ち殺してしまえ。」 
と首領の虎は言ったが
「まがりなりにも僧であるには違いがないのだから食えば少しはご利益があるかもしれない。」と盗賊は食う気満々である。好きにしろと言い虎は居眠りを始めた。
三人の顔からは血の気が引いた。
アジトに着くまでにある程度冷静さを取り戻した玄奘は守りの念仏を唱え二人にも一緒に唱えるよう勧めた。しかし袈裟と錫杖を持たぬ二人にとってこの念仏は無意味であった。盗賊たちは二人の衣服を剥ぎ全裸にすると逆さまに吊るし腹の肉を剣で削ぎ落とすと次々とその場で食べてしまった。
とても聞くに耐えない叫びが響き渡ったが盗賊たちはまるで興奮を煽る音楽でも聴くように絶叫を肴に僧兵の腹の肉を削いだ。
「これで少しは寿命がのびたろう。」盗賊たちは有頂天でその宴を続けた。

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