玄奘西へ行く19

副住職が西へ向かったと聞いて悟空と悟浄は雲に乗り後を追った。多少手こずったが流石の筋斗雲である、袈裟を着込んだ黒熊を発見するのにそれほど時間はかからない。
「こら妖怪め!その袈裟を返せ!」
「嫌なこった!」
黒風怪は足を止めるどころかますます足取りを速めた。
二人は雲で先回りすると黒熊の前に立ちはだかった。
「孫行者!袈裟を取り返せ!」
心得た!すかさず如意棒で殴りかかる。一撃をかわした黒熊は旅の荷物をくくりつけていた槍を構えた。
ここからしばらく熊と猿の喧嘩。いろいろ。前にも言ったが悟空の脚はほぼ手なので四本の手で棒を操っているところを各自想像して貰いたい。熊は猛突進、まともにぶつかれば猿に勝ち目はない。
袈裟を破くなよ!悟浄もたまに参戦したが妖怪仙人故非力である。
「諦めて袈裟を返せ!馬鹿野郎!」
「ならん!ワシャこれ着て天竺まで行くのだ!貴様らこそ妖怪!邪魔するな!」
「天竺など行ってどうする?」
「お釈迦様よりありがたいお経をいただいて帰ってくる!大事な使命じゃ!」
「あほ!それは昨晩、俺たちのお師匠がお前に話した事ではないか!」悟浄が言った。
「余の師匠が行くのだ馬鹿者!」悟空。
「あほはお前らだ、三蔵法師は昨晩の火事で焼け死んだ!ワシのお師匠様は齢二百七十歳の老体、もはや天竺には行けんだろうからワシが代わりに行ってお経を貰ってくるのだ!」
悟空と悟浄は顔を見合わせた。
「我が師匠は焼け死んでいないぞ!ピンピンしとるわ!お前の師匠こそ机の角で頭を打って目ん玉飛び出てくたばりおった!」
俺たちは昨晩の一行の二人だ!と悟空も人間の姿に変化して見せた。
なにを〜!と思ったがよく見れば確かに焼き殺したはずの三人のうちの二人だ。
「盗んだ袈裟を来て天竺に辿り着いたとて、釈迦牟尼は経典なぞお前にやらぬわい!」
確かに!
三蔵が生きている?
「ほんとうか?」
観音院に戻って確かめようと言うことになった。
三人は喧嘩を辞め道を戻る。そして黒熊は、ひょろひょろの若者玄奘と、頭が潰れ目玉の飛び出た住職の姿を見せつけられた。
ふーむ、これはなんともはや…
「お前様たちはどうやってあの火の粉を…」
黒熊は両手で頭を掻きむしりながら地べたに転がりまわり悶えた。
「俺たちはな、この前途多難な西行に相応しい仙力を備えた行者なのだ。ちょっとやそっとの邪魔立てに負けるわけがないのだ。観念してその袈裟を返せ。」
悟浄が言った。
これはいかん。黒風怪は背を丸めしゃがみ込みぶつぶつ呟いていた。この辺は全て勝新太郎さんを想像していただきたい。
「わかったよ、返すよ。天竺行きはやめだ…」
黒熊は観世音菩薩の袈裟を脱ぐと現実に渡した。
「ありがとうございます。しかしお前様は察するところよほどの信仰心があるようで、もしよろしければ私の弟子となり天竺までお供をしてもらえませんか?」
なるほど、良いことを思いついたよ玄奘!確かに!
「ワシを天竺に連れてってくれるのか?盗人だが…」
「罪ありてこそです!それこそお釈迦様の求めておられる真の求道者の真のあり様なのです!」
そうなのか?わからない。がとにかくこの黒熊を共にするのはとても頼もしい事であった。
「ワシ行きたい!お師匠と一緒に天竺に行きたい!」
よきよき!ではこの緊箍児を頭に被せて、えーと名前を、名前ね、えーと、熊だから、熊悟…えーと何を悟るのかな?この熊は?えーと?
「ちょっとまったー!」
え?何?べにとん?
「天竺までの供はワシに任せてくれ!ワシはやはり人間になりたくなった!お釈迦様に合わせてくれ!」
豚だ!豚が追ってきた。
緊箍児はあと一個しか残っていない。順番的には豚なんだよな。でも熊の情熱も捨てがたい。豚はダメだ!熊にしろ!いやこの熊は手癖が悪い。いや人食い豚の方がタチが悪かろう!こうなったら2人とも弟子にする?いやいやポーサからは三人の弟子を取るよう言われているし…
三人議論をするが中々まとまらない。そのうち熊と豚が喧嘩を始めた。
こらこら!迷惑だから辞めなさい!ついでに猿まで暴れ出した。
「皆さんごきげんよう。」
振り返ると小岩の上にポーサが腰をかけていた。
ああ!初めてお目にかかる観世音菩薩様!黒熊は拝みひれ伏した。
あ!あの野郎!悟空は過去の敗北を思い出し顔は真っ赤だ。
「斉天大聖。お久しぶり。」
斉天大聖とはかつて悟空が偉そうな名前にと勝手に名乗り出した名前だ。この名を呼ぶものは滅多にいないので久々に呼ばれて満更でもない。
「五百年ぶりだ。ポーサ。」如意棒を耳にしまった。
二人に弟子入りを頼んでしまって今困っている事を玄奘はポーサに伝えると、
「順番通り豚を弟子にしなさいな。」
おお!気合の入る豚としょげかえる熊。
「黒風怪よ。お前様は私の住んでいる落伽山の門番になりなさい。そして私の元で修行に励みなさい。いつの日かお前様が袈裟を盗んだ罪も許される時がきますよ。」
黒熊は喜んで踊り出した。
豚は緊箍児をはめ、猪悟能という名を与えられた。




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