ネタバレ全開シン・エヴァ感想 考察一切無し
良かった。とにかくよかった。
戦後編みたいな出だしは怠かったけども
「久しぶりに帰省した大学生が、地元で、しっかりと根を張ってる同級生を見て困惑」
みたいなものだと思えば楽しめた。あとFO4ぽい。
で、なんやかんやあって
エヴァの真骨頂の心象描写が始まる。
ゲンドウのパートは急激を高画質にしただけな感じで、
あー、逃げたなーという空気が劇場に流れた。
でも、このクソ親父が退場してからが本番だった。
この後のためだけに、この映画はあると言って良いし、『エヴァ』の25年もこのためにあったと言って良い。
アスカに寄り添う着ぐるみの中身は『シンジ』じゃないし、
綾波が抱いているのは『つばめ』だけど『赤ちゃん』では無い
しみったれた、それ故に尊いと思われた現実が、ここで反転する。
もちろんこれは、「ゴルゴダオブジェクト」の為せる技で、あの戦後編が壮大な『劇中劇』だった、というわけでは無い。
ただ、あの、どこまでもグロテスクな『つばめ』や、エヴァ色の大道具小道具で埋もれた舞台を見ると、この映画が「オタクよ現実に帰れ」なんていう安易なメッセージソングとは思えない。考えられない。
私たちは現実から逃げたつもりで、実際は逃げられないんじゃ無いだろうか。そういう前向きな諦念を感じた。
まさか世紀をまたいで『新世紀』の伏線回収をするとは予想もできなかった。あそこのフラッシュバックは本当に素晴らしかった。聞こえてきたすすり泣きまでも、まさか4DXではあるまい。
そして、最後。シンジは駅のホームで『胸の大きい良いオンナ』に抱かれて終わる。
しかし、私は選べるんならカヲルくんのいる『あちら』側のホームに行きたかった。
駅の外はバリバリの実写で、わかりやすく現実を象徴している。
おそらく、また電車に乗れば虚構の海に戻れるだろう。カヲルと綾波はその電車を待っている。
シンジは、その電車から降りた。そして二度と乗らないだろう。だが、ヲタクもそれにならって途中下車する必要は無い。
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