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大清西部劇 第五話 騎馬隊

●5.騎馬隊
 一行は荒野を横切る川のそばまでやってきた。
「二代目さんよ、ここはどうする」
アフメットが野太い声で叫ぶ。
「あの岩場の向こうに浅瀬がある」
二代目は歩き詰めでへとへとになっていた。
「しゃあねぇな、川を渡る時は、馬に乗せるか」
アフメットは渋い顔をしていた。
「縛ったままでな」
石が付け加えていた。
「ところで、荷車はどうする」
林は武器弾薬箱が積まれている荷車を見ていた。
「おーい。羊皮袋を膨らませろ」
アフメットは手下に命じていた。

 アフメットの手下たちは畳まれていた羊皮袋を膨らませ始めた。
「こんな袋で浮くのか」
手下たちをした見ている林は懐疑的であった。
「それじゃ、あんたが担いで泳ぐか」
アフメットは笑っていた。

 一行は川を渡り始めた。流れは比較的緩やかに見えたが、所々早くなっていたり、深い所もあった。それぞれ馬の手綱を操り、慎重に進んでいた。縛ったまま馬に乗せた二代目は、ふらついていたが、落馬はしなかった。羊皮袋を括りつけた荷車は、ぷかぷかと浮き、斜めに流されて行きながら、川を渡っていた。アフメットの手下たちが荷車のロープを岸に手繰り寄せていた。
 ロープがほつれるとすぐに弾けて切れてしまった。手下たちは岸で尻もちをついてしまった。羊皮袋を付けた荷車は流されていった。
「まずいな」
岸にたどり着いたばかりの林は真っ先に気が付いていた。先を行く石とアフメットは岸の上に上りきっていた。
手下の一人が川に飛び込み、ロープの切れ端をつかもうとしたが、全然無理であった。手下はすぐに諦め岸に戻る。
 林は蛇行している川筋を見てから、河原を駆け先回りした。灌木に縄を括り付け、流れて来る荷車に投げ縄を投げるタイミングを待った。
 彼の目の前を通り過ぎた所で縄を投げると荷車の架台に引っかかった。縄がピーンと張り、流されていた荷車は止まった。しかし灌木は重さに耐えきれず、徐々に倒れ掛かっていた。必死に抑える林。少し遅れて手下たちがやって来て手伝う。手下たちの手を借りて荷車を岸に引き寄せた。林と手下は肩を叩き合って喜んでいた。
 林は岸を駆け上ると、200メートルぐらいずれた位置で立ち止まっている石たちが、心配そうな顔をして、こちらを見ていた。
「川は渡れた。これから荷車を引き上げる」
林が大声で叫んだが、どうも聞こえていないようだった。何を勘違いしたか、石たちはゆっくりだが前に進み始めていた。
 林はアフメットの手下2人と共には荷車の羊皮袋を外していた。岸の上の荒野の方から駒音が聞こえてきた。
林は気になり、再び岸を駆け上った。地平線の方から砂煙が上がり、騎馬の一群が向かってきていた。石たちは川の方に引き返し始めていた。
 林は岸辺にいる手下たちに羊皮袋を再び括り付けるように命じていた。騎馬の男たちは、時折通常の騎乗スタイルから身を翻し馬の脇腹に身を隠してから、再び元に戻ったりしていた。石たちが狙いを付けて撃つものの、咄嗟に身を翻して避けていた。
 林が見ている間に騎馬隊はどんどん迫って来る。林は石たちに加勢しようと向かいながら、発砲するが思い通りに命中していなかった。騎馬の男たちは馬の腹に隠れながら、撃ってきた。林の帽子のすぐ上を弾丸が飛んで行った。川から上がった所の荒野は身を隠す場所が一つもなく、河岸に戻るしかないようだった。
 「石隊長、あいつらまるでコサック騎兵のようじゃないですか」
荒野のわずかな窪みから応戦している石たちと合流する林。
「待ち伏せされたらしい」
石はいまいましそうにしていた。
「こいつも撃たれた。二代目なのにな」
アフメットは二代目の死体を馬で引きずっていた。
「世襲とか二代目とか関係なく、実力主義なのだろう」
林は吐き捨てるように言っていた。
 騎馬の一群は身を翻し、馬の脇腹に隠れながら撃って来る。アフメットの手下たちの銃声がしているが、ほとんど当たっていなかった。騎馬隊はすぐ目前まで迫ってきていた。
「ほら、お前ら、馬を撃て」
アフメットは手下たちに怒鳴っていた。次々に馬が撃ち倒されるものの、倒れた馬の影から撃ってきた。アフメットは苦々しそうに見ていた。石が弾込めをしている間にも、匍匐前進してくる騎馬の男たち。
「数が多過ぎる」
石はため息をついていた。
「あの野郎、俺の子分を殺しやがったな」
アフメットは、狂ったように撃った男に弾丸を立て続けにぶち込んでいた。
「アフメット、弾を無駄にするな」
石は銃口が熱くなった拳銃を置き、別の拳銃を構えていた。
「俺らがここで食い止める。林、お前は荷車と共に川を下ってくれ。そうすれば、武器弾薬は奪われない。仕返しのチャンスはある」
石は切羽詰まった顔をしていた。
「あんたまで捕まると、救いの手がなくなる。早く行け。しかし絶対に助けに来いよ」
アフメットは、力強く林の肩を揺さぶった。
「しかし…、やはり無理か。わかった。必ず助けに行くから死ぬなよ」
林を乗せた馬は岸に向かって走り出した。

 林は岸に駆け下りる寸前、後ろを振り向くと、石たちのいる窪みは、騎馬隊にほぼ囲まれていた。林は一気に岸辺に降りた。荷車の所に残っていたアフメットの手下は、きっちりと羊皮袋を括り付けていた。
「よし、川に入れ」
林は馬から飛び降りると、手下と共に荷車を川面に押し出した。
 川に入るとすぐに深みになっていた。浮かんでいる荷車にしがみつく、手下と自分の馬の手綱を手にしている林も荷車の縁につかまっていた。馬は手綱に引かれて自力で泳いでいた。林たちは水しぶきを顔に浴びながら、流れを下っていった。

 1時間近く川を下ると流れが緩やかになり、川幅が広く湖のような所にたどり着いた。林たちは、岸辺に上がり、一息ついていた。林の馬は近くの草を食んでいた。
 林は、濡れたマントと服を絞っていた。手下たちは、強い日差しを浴びて横になっていた。
「気が利いているな。水の浸入を防いでいる」
林は武器弾薬箱の下部を形に合わせて切り裂いた羊皮袋が覆っているのを確認していた。
「あっしです。必要と思って」
髭面の手下が起き上がって言ってきた。
「名はなんだっけ」
「バンジル。麻雀卓を囲んだ仲ですぜ」
「バンジル、よくやってくれた」
「で、この後、どうするんです」
「石たちを救出し、奴らの根城を叩く」
「わかりやした」
バンジルは血に飢えたような目をしていた。

 川筋から離れるに従って植物が減り、荒れた大地になっていった。
「石たちが捉えられた場所から、どのくらい離れた所にいるんだろう」
林は、ゆっくりと歩く馬の背に揺られていた。
「わかりやせんが、夜は冷え込むので野営地の目星もつけておきやしょう」
と林の馬が引く荷車の傍らを歩くバンジル。
「今夜は冷え込みますぜ」
もう一人の口数の少ない手下は、昼下がりの空に浮かぶ薄っすらと見える月を見上げていた。

 翌日、林たちは川の上流方向と見られる辺りを歩いていた。
「旦那、蹄の跡が見られやす」
バンジルが声を掛けて来た。林は馬を止めて下馬した。バンジルの周りに散らばる馬の足跡を見ていた。
「…かなり軍勢の馬の足跡が南西から北東に向かっているな」
「こんなに大勢の移動は、なかなか見られやせん。軍閥か馬賊でさぁ」
「状況から判断して、これを辿れば、石たちがつかまってい根城に行き着くな」
林は足跡が続く先を眺めていた。

 雨がほとんど降らない荒野は、足跡が何日も残っていた。足跡をたどり丸一日進むと、地平線のかなたにオアシスにあるモスクの青い屋根を持つ尖塔が見えてきた。
「モスクが見える。あそこだな」
林は馬を止めた。
「旦那、モスクじゃありやせん。あれはたぶんロシア正教の尖塔ですぜ」
バンジルをよく目を凝らしていた。
 どこからともなく、子供が操る荷馬車が駆け寄ってきた。
「おじちゃん、この手紙を渡せって言われたから、持ってきた。確かに渡したからね」
子供は、林に石をくるんだ紙を投げてきた。荷馬車はそのまま去って行った。
 林は紙を広げた。『荷車のカネと交換。石たちの処刑は尖塔の前、明日正午』と書かれていた。
「なんて書いてあるんですかい」
バンジルは子供の荷馬車を見ていた。
「奴らは、武器弾薬箱とは知らないままだな。明日、あんたらの親方を助けてやる」
林はオアシスの方に向かって目を輝かせていた。

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