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大清西部劇 第七話 イスマイ家

●7.イスマイ家
 林と兵長は見物している軍閥の男たちや住民たちの輪の中に立っていた。石たちも少し離れた所で二人の様子を見ていた。
 「あんたをここの長にしてやったが、ここを出ていく俺らをどうする」
林は、兵長の垢で黒っぽくなっている顔を見ていた。
「俺が恩をあだで返すようなことをする男に見えるか」
兵長は林の手の動きに注視していた。
「見える」
林は平然と言った。
「だとしたら、今ここで撃つのか」
「いゃ、あんたの出方次第だ」
「ここを出たら、イスマイ家の別宅に行くのか」
「そのつもりだが」
「そらなら言っておこう。イスマイ家の中にはニヤゾフに通じる者がいるぞ」
「何っ」
「イスマイ家の当主は、身代金のことなど知らないはずだ」
兵長はニヤリとしていた。
「ということは、俺らがカネを持って行く所を横取りするつもりだったのか」
「…多少番狂わせはあったが、大筋そんなところだ」
「おい、それは本当だろうな」
アフメットがたまりかねて口を挟んできた。
「嘘を言っても俺には何の得もない。しかし信じたくないなら信じるな」
「わかった。それじゃ、一緒にそいつを退治しに行かないか」
林は兵長の表情を見ていた。
「いゃ、止めておく。手にしたこの軍閥を立て直すことに専念したい。あぁ、それと別宅があるのはこのオアシスのここだ」
兵長は地図の端くれを手渡した。
「残念だな、それじゃ、俺らだけで行くぜ」
「別宅から生きて帰れたらだが、またここに寄っても良いぜ」
兵長は林の手の動きを見なくなっていた。

 荒野の中を林、石、アフメット、3人に減ってしまった手下たちは横並びに馬を進めていた。赤茶けた砂塵が時折舞い上がり、林たちの目を細めさせていた。
 夕日が赤茶けた大地に沈む頃、林たちはイスマイ家の別宅があるオアシスが見通せる場所までたどり着いた。しかし土壁に囲まれたオアシスの入口には厳重なバリケードが築かれ、門柱には松明が灯っていた。
 馬から降り、身を伏せながらできるだけ近くまで行く3人。馬と後方の警戒は手下たちに任せていた。
「俺らの噂が届いていたのだろう」
石は特に驚いた様子もなかった。
「あの兵長の野郎が、伝えたのか」
アフメットは手をきつく握り締めていた。
「いや俺は違うと思う、副長派か軍閥長派の落ち延びた奴が伝えたのだと思う」 
「林、あんたはお人よしだな。兵長に決まっている」
アフメットはせせら笑っていた。
「まぁ、どっちにしてもバリケードを突破する手段を考えないとな」
林は、バリケードを凝視していた。
「警戒が厳重過ぎるぞ、出入りしている住人の顔を一人一人チェックしている」
石はお手上げという顔をしていた。
「とりあえず、戻るか」
林は伏せながら後ずさりしたが、誰かが立っている足元に行きあたった。
「ちょっと、顔を見せな」
若い男が銃口を向けて、松明の明かりが林の顔を照らした。仲間が似顔絵が描かれた手配書を広げていた。
「やった。こいつらだ。オアシス荒らしに間違いない」
若い男は、立ち上がろうとしている林を銃口で抑えつけた。石とアフメットも黒いターバンのようなものを巻いた男たちに銃を突き付けられていた。
「おっーと、動いたらこいつらは死ぬぜ」
若い男は別の若い男が引っ立ててきたアフメットに手下たちを松明で照らした。
「親方、面目ねぇ」
手下の一人は申し訳なそうにしていた。
「お前ら、全く…」
アフメットは歯痒そうにしていた。
「残念だったな。これで賞金はいただきだ。こいつらをふん縛れ」
若い男がリーダーのようだった。
「なんだ、俺らに賞金がかけられていたのか」
林は平然として言っていった。
「オアシス荒らしの極悪非道の輩としてな」
若い男は、まるで賞金を手にしたようにニコニコしていた。
「糞ガキ、人に銃を向けるときは撃鉄ぐらい起こして置け」
林はうなるように言う。
「え、そんなはず」
若い男が言うのと同時に4発の銃声がし、若い男たちの銃が宙に舞った。林は、銃口から立ち上る煙を軽く吹いていた。石とアフメットも素早く銃を抜き、賞金稼ぎたちは立場が一気に逆転した。アフメットの手下たちはあっ気に取られていた。
 「この若ぞう、地獄へ行きやがれ」
アフメットは手下に銃を突き付けていた男の額を撃ち抜いていた。
「こいつら、生かしておいても何の得もないだろう」
石は自分に銃を突き付けていた男を心臓を撃ち抜いていた。アフメットの手下たちも発砲して、賞金稼ぎの一団はリーダー格の若い男だけになった。
「こいつは、どうする」
林が銃口を向けると、若い男は小便をちびっていた。
「やっちまえ」
アフメットはけしかけていた。
「旦那、始末してくだせぇ」
強きに転じた手下が言う。
「いや、待てよ。こいつを利用しよう」
林は撃鉄をゆっくりと戻していた。若い男はその場にへ垂れ込んだ。

 オアシスでは、近隣の荒れ地で銃声が多数上がっているので、入口付近の守りをより堅固にしていた。松明がそこら中を照らし始めていた。鐘楼から周囲を警戒して双眼鏡で覗いている男の姿が薄っすらと見えていた。

 松明を手にした若い男は、荷車を引いている馬の手綱を持ち歩いていた。荷車のボロ布の上には、手足を縛られた林、石、アフメットが乗せられていた。アフメットの手下たちは黒いターバンを巻き、荷車の横を歩いていた。
 「しかし俺はこんな悪人面か」
アフメットは荷台にナイフで突き刺された手配書の人相書きを見ていた。
「アフメット、そろそろおとなしくしろ。囚われの身だぞ」
石はオアシスのバリケードが間近に迫って来たので、ささやいた。林はうつむきながら荷車に揺られているが、マントの下の銃口が若い男の背中に向けられていた。

 「お前ら、ここいらでは見かけない顔だな。それに荷車の男たちはなんだ」
オアシスのバリケードを守る男が、若い男にたずねてきた。
「…あのぉ、俺らは賞金稼ぎだ」
若い男は手配書を見せてから、松明で荷車を照らしていた。
「何、…ほぉ、オアシス荒らしを生かして捕まえたのか」
バリケードの男は驚いていた。
「こいつらをイスマイ家に引き渡せば、賞金5千両(現代日本円換算約4500万円)になるんだろう」
若い男は静かに言っていた。
「あぁ、そうだが。検分のために別の者が来る。ちょっと待て」
バリケードの男はバリケードの奥に戻って行った。

 しばらくするとバリケード奥から三つ揃いのスーツを着た男と小銃を手にしたウィグル人5人がやってきた。
「こいつらだな」
スーツの男は手配書の似顔絵と林たちの顔を見比べていた。
「俺はアフメットだ。早いとこ娘婿に会わせろ」
「いいから黙ってろ」
スーツの男は抑えつけるようにウィグル人たちに命じていた。
「お前、漢人ではないな」
アフメットはスーツの男を見ながら、うなるように言っていた。
 スーツの男はアフメットを無視して林の前に来る。
「…、もしかして…似てるとは思っていたが」
スーツの男は林の顔を何度も見ていた。林はしっかりと前を見据えていたが、少し目が動いた。
「ハヤシ、ハヤシアキラだよな」
スーツの男は突然日本語で言い出した。周囲の人間たちは、聞いたことのない言葉にあ然としていた。
「ん、お前、本庄か。確か軍事探偵として満州に行っていたはずだが」
林は中国語もウィグル語も使わず、日本語で答えていた。
「やっぱり、そうだったか。手配書を作らせた時、似ているとは思っていたがな」
本庄は林の肩を軽く叩いていた。
「本庄、お前はなんで、こんなゴロツキ一家にいるんだ」
「これには深いわけがあってな。後で話す」
本庄はあっ気にとられている周りをニンマリとして見ていた。
「おい林、お前何者なんだ」
アフメットがいつものようにウィグル語で聞いてきた。
「ご覧の通りだが」
林は特に慌てる様子もなかった。
 「それで、次は」
本庄は石の前に来る。ウィグル語にしていたが顔つきを見て中国語にした。
「あぁウィグル語はわかるか」
本庄の言葉にうなずく石。
「アフメット、林はこいつと日本人らしいぞ」
石が叫ぶ。彼は上海で聞き覚えのある日本語のイントネーションを思い出していた。石が言うとウィグル人が銃口で小突いていた。
「バレちゃ、しょうがねぇや。別に隠すつもりはないが俺は日本人だ」
林はウィグル語で言っていた。石とアフメットは複雑な表情を浮かべていた。

 「うーん。賞金は払えないな」
本庄は若い男に渋い顔をしていた。
「あのぉ、助けてください」
若い男は小声で言っていた。
「あの日本人に脅されているんです」
「そうか。日本人ということは、我々が探し求めているオアシス荒らしではないな」
「でも顔つきは手配書通りではないですか」
「まぁ、ご苦労だったな。人違いだった。帰ってくれ。こいつらは引き取るから一人で帰ってくれ」
「えぇ、引き取るってことはオアシス荒らしじゃないですか」
「文句があるか。助けてくれと言ったよな。まがいもののオアシス荒らしを連れて来たんだ。この場で射殺しても良いんだぞ」
本庄はドスを利かせたウィグル語で言いながら、拳銃を若い男の鼻先に突きつけた。
「そんなのありかよ」
若い男はムッとしていた。本庄は若い男の足元に2発撃ち、砂煙が上がった。
「とっと、うせろ」
本庄は若い男を蹴とばしていた。それでもまだ動こうとしない若い男。本庄は撃鉄をゆっくりと起こしてから、拳銃を構えていた。それにビビった若い男は駆け出し、オアシスの外の荒野を覆う暗がりに消えて行った。

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