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佐野繁次郎装幀集成 西村コレクションを中心として 増補版 出来!


『佐野繁次郎装幀集成 西村コレクションを中心として 増補版』(みずのわ出版、2024年6月8日)

ようやく完成しました! 本書は2008年にみずのわ出版から刊行された『佐野繁次郎装幀集成 西村コレクションを中心として』の増補版です。ページ数で言えば初版が111ページなのに対して増補版は143ページ。図版はざっと600点だったものが900点ほどに増えています。おおよそ3割増しと思っていただければいいでしょう。

左:増補版 右:初版

佐野繁次郎は大阪船場生まれの洋画家。デビュー時代の小林秀雄や横光利一の書物を飾った華々しいスタートから戦後は多くのベストセラー作家の装幀を手がけたことで知られています。独特のクレヨンで描いたような描き文字は、かつてはどんな古書店にも必ず一冊や二冊は見つかったものです。洋画家としても二紀展や各種の国際展に出品するなどの活躍を見せていました。1987年に87歳で亡くなった後、神奈川県立近代美術館へ遺作・書籍・原稿類がまとめて寄贈され、1993年には遺作展、そして2005年には回顧展が開催されています。

佐野繁次郎初期の装幀本:小林秀雄、横光利一、他
丹羽文雄『美しき嘘』装幀本と原画
土門拳『ヒロシマ』他

1999年12月に林が編集していた雑誌『sumus』第2号で「画家の装幀本」を特集しました。そのときに林は「佐野繁次郎」を執筆し佐野繁次郎の交友関係(小野松二、佐伯祐三、横光利一)と本の仕事についてのおおまかなイメージを描いています。この記事を見た西村義孝氏ががぜん佐野本に興味をかきたてられ、その装幀本や佐野文献の蒐集へと突進してゆくことになったのです。西村氏は当時すでに吉田健一のハードコレクターとして知られていたと思います。

『sumus』第2号 林哲夫「佐野繁次郎」より

2008年になって西村氏の佐野本コレクション展がアンダーグラウンド・ブックカフェという東京古書会館で開催された古書展のイベントのひとつとして企画されました。それが「佐野繁次郎の装幀モダニズム展」(2008年6月1日〜3日)です。『sumus』第2号から8年ほどで東京古書会館二階の展示スペースを埋め尽くせるくらいのコレクションに育っていたのですから西村氏の佐野本に対する情熱がいかに強烈なものだったか分かります。サラリーマンであり、むろん家族もある身でここまで集中できるというのは常人の技ではありません。

この東京古書会館での展示に合わせて林が編集していた雑誌『spin』03号「特集・佐野繁次郎装幀図録」(みずのわ出版、2008年3月3日)を会場で販売しました。これが大好評で、03号はあっという間に売り切れました。これはもう図集を作るしかない、ということで刊行にいたったのが『佐野繁次郎装幀集成 西村コレクションを中心として』(2008年11月1日発行)なのです。

『spin』03号「特集・佐野繁次郎装幀図録」(みずのわ出版、2008年3月3日)

初版もまた増刷するほどの人気でしたが、三刷は出ないまま絶版になりました。ただその後も折々に版元への問い合わせが絶えず、古書価も定価の何倍にも跳ね上がっていました。版元の主人と二人でそのまま復刻版を作ろうかなどと安直なことを考えていたところに、昨秋、西村氏より2024年6月8日から東京古書会館で「佐野繁次郎の仕事展」(〜15日)の開催が決まったので増補版を作りたいという話が舞い込んだのです。これはもうやるしかないでしょう。

初版のときも林が構成からレイアウト全般を行ないましたから、今回はそのときのデータをベースにできるかと思ったのですが、PC環境があまりに変わっていたためそれが使えませんでした。そのためほぼイチから作り直すことになりました。画像の元データ(jpg)を残してあったのは不幸中の幸いだったものの、それでもそれらを修正トリミングしてCMYK(印刷に適応した形式)に変換するだけでも一月以上かかりました(なにしろ数が多いので)。さらにスキャンし直した新しい画像をプラスし、大判の写真は撮り直しという作業もあり、今年2月初めから3月の終わり頃までほぼかかりきり、ようやくなんとか仕上げることができました。

正直なところ『佐野繁次郎装幀集成』初版のときは上記のように6月に決めて11月1日には出版しているわけですから、実質3月ほどですべてをカバーしたわけで、相当な急ごしらえでした。大判写真は手持ちのデジカメでしたし、画像の処理も、レイアウトの作法においても、林自身がまだ熟達しているとは言い難かったのです。その結果、かなり見苦しい図版もあり、誤植なども散見されました。それでも初版が増刷するほどに好評を博したのはひとえに佐野繁次郎の装幀本の魅力によるものだと思います。

有難いことに、これによって同じような本を作りたいという企画が次々と舞い込んできました。まずは『書影でたどる関西の出版100』(創元社、2010)そして『書影の森―筑摩書房の装幀1940-2014』(みずのわ出版、2015)、『花森安治装釘集成』(みずのわ出版、2016)と相次いで《本の本》を作ることになったのです。それぞれに多少の工夫は凝らしてはいますが、基本は書影をフルカラーでずらりと並べるというフレームワークは同じです。その意味で出版するごとにレイアウトのカンどころがつかめるようになったと感じています。

増補版の画像の数が増えたというのは、初版のときに採用しなかった画像を取り入れたことに加えて、佐野繁次郎が手がけた装幀および雑誌表紙などの現物が初版発行以降も次々と見つかったことが大きな理由です。西村氏の古書店めぐりを欠かさぬ努力のたまものと言えるでしょう。さらに本や雑誌だけでなく、装幀の原画や自筆原稿、そしてデザインの仕事についても蒐集範囲を広げたところから、増補版ではそれらのためのページも用意することになりました。パピリオやレンガ屋のグッズは佐野の仕事としては今もって新鮮で、そのレタリングは異彩を放っているように思います。また『銀座百点』の表紙原画も前回よりもかなり多く掲載できましたし、西村氏ならではの佐野追跡ぶりを示す「佐野繁次郎ゆかりの場所巡り」も収め、多面的な佐野繁次郎の姿を見ていただけると思います。

『書影の森』『花森安治』と印刷をお願いした山田写真製版所は本書でもその業界最高レベルの技術力をいかんなく発揮してくれました。見事な仕上がりです。また版元みずのわ出版はいわゆる「一人出版社」なのですが、社主みずからによる執念の校正ぶりには頭が下がりました。当たり前と言ってしまえばそれまでながら、最後まで食らいついて、誤字や配列の齟齬を訂正する、印刷の刷り上がりに立ち会う、などなど、本作りへの強いこだわりを見せてくれました。構成者・装幀者として関係者の皆様に深く感謝するしだいです。

そうそう、本文の印刷にかかったころ、ジャケットに使った上質紙の取り都合が悪く(紙の種類が減ったため)、紙のロスがかなり出るので、どうしましょうかと版元主人から電話がありました。佐野のカットを集めた小冊子がいいんじゃないか、というのが最初のヒラメキでしたので「では、カットを探しましょう」と思いながら佐野繁次郎に関する資料の入った段ボール箱を開いてみたら、西村氏が丹念に蒐集した佐野繁次郎のエッセイのコピーが大量に入っていました。カットも多数ありました。これならいつでも『佐野繁次郎文集』が編集できるわけなのですが、まずは、佐野エッセイの良さをわかってもらうために、そこから4篇を選びに選んで小冊子に収録することとしました。もちろん挿絵の方もできるだけ多数取り込んで、本誌には納めきれなかった、もうひとつの佐野の仕事を垣間見てもらうという目論見です。こちらも非常に良い出来になったと自画自賛しております。

みずのわ出版
https://mizunowa.com/pub/845/


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