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河童は、クウマラという名だと言った

河童のクウさん 片山広子単行本未収録訳文集』(未谷おと編、西方猫耳教会、2019年5月6日)を知人より勧められたので読んでみました。

火の後に 片山広子翻訳集成』(幻戯書房、2017年)の刊行に発見が間に合わなかったため、そこには収録されていない四編のアイルランド民話を収めてあります。「河童のクウさん」「主人と家来」「鴉、鷲、鱒とお婆さん」「ジェミイの冒険」。これらは京都の世界文学社が発行していた『世界の子供』(1948.3創刊〜1949.8まで15冊刊行)誌上に発表されたとのことです。雑誌の細目は本書にて。世界文学社については下記。

世界文学社
https://sumus.exblog.jp/16095132/

『世界の子供』世界文学社

「河童のクウさん」(The Soul Cage、著者 Thomas Crofton Croker)は酒飲みの漁師ジャックが、やはり酒飲みの河童と仲良くなって、海底にある河童の家でのんだくれ、そのときに河童がコレクションしている海で溺れた水夫たちの魂の入った壺を見せられます。ジャックはその魂を解放してやりたいと考えました。

お招きのお返しということで河童をわが家に招待して「どぶろく」(ジャガイモから作られるポティーン酒)を飲ませて前後不覚にさせておき、その間に海底へもぐって魂を解き放つ、とそういう不思議な物語です。

どうやって海の底へ人間がもぐって行くかと言うと、三角形の帽子を被るのです。三角帽子の原文は「cocked hat」で、十八世紀には正装のときに被りました。世間的には半魚人や漁師が被るものではない特別な帽子が異界へのカギになるというあたりが皮肉でしょうか。

 河童もジャックもどぶんと飛びこんで、大西洋の荒波をぐんぐんもぐってゆくと、やがて海底のかわいた土の上にゆきついた。上陸してみると牡蠣の貝がらで屋根をふいたしゃれた家があって、えんとつからは料理のけむりが青白く立っている。

p9(雑誌面複写 p53)

居間にもどると、かれいや、ひらめ、海老や牡蠣の、数十品の魚料理がだいの上にずらりとならんで、外国製の酒が飲みきれそうもなく出されてあった。二人ともうんざりするほど飲食してから、ジャックは祝杯をあげようとして、まだお名前を伺わなかったのですが、というと河童は、クウマラという名だと言った。

p10(雑誌面複写 p54)

食後に骨董品を見せてもらった。海老や蛸のつぼみたいのがたくさんあって、これは霊魂[たましい]のつぼだと言った。魚の霊魂ではない、溺れ死んだ人の霊魂を入れておくのである。暴風[あらし]のくる前に壺の蓋をあけて出しておくと、霊魂たちは水の中が冷たいから、この中に逃げこむのだった。

p10(雑誌面複写 p54)

このご馳走の描写は単行本に収録された「カッパのクー」(1952)ではもう少し詳しく(原文に忠実に)次のようになっているそうです(本書に付録として掲載)。

料理は、アイルランド一ばんの精進日[しょうじんび]のごちそうにまけないくらいで(精進は肉類なしで、魚とやさいだけ)上等の魚ばかりならべてあったが、これはふしぎなことではない。カレイ、チョウザメ、ヒラメ、エビ、カキ、そのほか二十種類以上の物が、台の上にならんで、外国製の酒がたくさんだされていた。カッパは、ぶどう酒は、自分の胃腸には冷たすぎると言っていた。

p38

河童と訳されているのは「Merrow」(アイルランドの半魚人)です。クウマラは「Coomara」。いや、面白いですねえ。原文に興味のある方はこちらで読めます。

Fairy and Folk Tales of the Irish Peasantry: Edited and Selected by W. B. Years, London, Walter Scott, 1888
https://books.google.co.jp/books?id=XsIqAAAAYAAJ&pg=PR15&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false

本書の表紙画は、水島爾保布ではなくて、ダンセイニ卿の初期作品に挿絵を提供したシドニー・H・サイム(Sydney H. Sime)とのことです。

未谷おと

https://twitter.com/mitani_oto


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