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諸君は発明家が好きですか? ぼくは好きだ。


P0ÈTES D’AUJOURD'HUI ANDRÉ BRETON, Pierre Seghers, 1955

今年はシュルレアリスム宣言100年に当たる。アンドレ・ブルトンとフィリップ・スーポーは1919年に自動筆記(l’écriture automatique)を思いつき自動記述による最初の作品「磁場」を発表した。そしてちょうど百年前の1924年初め頃、ブルトンは雨をテーマとした自動筆記をまとめており、それは『溶ける魚 Poisson soluble』(シモン・クラ、1924)に収められることになる。

同年5月初め、ブルトンはアラゴンら友人たちと近郊へ遠足に出かけた帰り道、その「溶ける魚」の序文を思いつき、それが後に「シュルレアリスム宣言」となったということである。以上はアンドレ・ブルトン展図録(ポンピドゥセンター、1991)年譜より。

そこで架蔵の生田耕作訳『超現実主義宣言』(中公文庫、1999)を取り出してみたが、「溶ける魚」は訳されていなかった。調べると、巖谷國士訳『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』(岩波文庫、1992)が出ているらしいが、持ち合わせていないし、さてどこかで手っ取り早く読めないかと思っていたところ、久しぶりに訪ねた午睡書架の書架にセゲール版の詩人叢書アンドレ・ブルトンを発見。店主によれば、開店以来棚に並んでいたという古兵モノ。「溶ける魚」が載っているので買うことにした。

スマートな編集で写真の配置もいい感じ。内容としてはあまりに断片的すぎるようにも思えるが、とにかくも「溶ける魚」は読むことができたので満足する。自動筆記というものの、かなり推敲した痕跡を感じさせる詩行である。

実は「溶ける soluble」という語が気になっていた。というのはインスタントコーヒーすなわちソリュブル・コーヒー(フランス語では café soluble instantané)と何かイメージの関連性があるのではないかと疑っていたからである。「溶ける魚」を読んでみた結論としては、まったく関係はないようだ。ブルトンの自動筆記ノートによれば金魚鉢が頭の中に浮かんできて思いついたらしい。

「溶ける魚 Poisson soluble」のページ

それよりも、ついでにフランスにおけるインスタントコーヒーについてちょっと検索してみて、驚いたのは、フランスでは、インスタント・コーヒーを発明したのは、あのアルフォンス・アレーだとされているようなのだ。1881年にフリーズドライの製法特許を取ったと言うのだが、ネスレは認めていない。

Alphonse Allais contre Nestlé, ou l'invention du café soluble
https://tenki.jp/live/6/29/47759.html

ユーカースの『オール・アバウト・コーヒー』(1922)によれば日本人のカトウ・サトリが1903年にアメリカでパテントを取ったのが最初だという。また、ニュージーランドのプケ・アリキ博物館によれば同国で1889年にデイビッド・ストラングスがパウダーコーヒーの製造特許をとっているとも。また、それに先立って大阪コーヒ糖製造会社の高橋某がコーヒー入り砂糖を考案したらしいことも分かっている(以上詳しくは拙著『喫茶店の時代』(ちくま文庫、2020)を参照していただきたい)。

小生にとって、アルフォンス・アレーといえば『悪戯の愉しみ』(山田稔訳、福武文庫、1987)でお馴染みの皮肉なユーモア作家。インスタントコーヒーまで発明していたとは! 例えば『悪戯の愉しみ』の一話「輝かしい着想」にはこんなセリフが出てくる。

 今朝、ぼくは風変りな男の訪問を受けた。つまり発明狂である。
 諸君は発明家が好きですか? ぼくは好きだ。かりに何も発明しなくてもである。たいていの発明家がそうだけど。

p19

そいつは、わたしの発明した特殊なかまどなんだ。それから死体を乾燥させる。乾燥させるんだ。いいかね、カンソウだよ。煮るのでもない、あぶるのでもない、焼くのでもない、乾燥させるのだ。つまり、含まれている水分を、蒸発によってすっかり取り除くというわけ。

p22

なるほど、この描写から考えると、アレーが乾燥コーヒーの発明者だとしても決しておかしくはない、ように思える。

アルフォンス・アレー『悪戯の愉しみ』(山田稔訳、福武文庫、1987)

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