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どうで死ぬ身の一踊り


西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』(講談社、平成十八年二月二十八日第二刷、装幀者=宇都宮三鈴)


見返し

年の瀬もおしつまりました。古本屋さんも正月明けまでお休み(あ、1日からのブックオフ「ウルトラセール」がありました。ウルトラといっても20パーセントOFFですけど)。そんなことでこれは今年の買い納めの内の一冊。随分前に(平成十八年)新刊で買って面白い作家が出てきたなと思ったものでした。

滴滴と滑りゆくもの梅雨寒し
https://sumus.exblog.jp/5306975/

ずっと持っていたのですが、数年前についに手放してしまい、すっかり忘れていたところ、著者が急死して回顧番組などを見ていると、ふたたび読んでみたくなっていたのです。それからそう時を隔てずに某書店で巡り合ったというわけです。しかも均一値段でいいですと言われてホイホイと買って帰りました。

やっぱりゾクゾクさせてくれます。藤澤清造をダシにして私風の小説に仕立てられるというのはひとつの才能だったと思います。二十三歳のときに藤澤清造に出会って《泣きたい程の共感を覚え》て清造マニアとなった語り手は自分の部屋をこんなふうに描写しています。

その証拠に、この部屋はどうだ。こんな風通しの悪い、豚小屋のような八畳一間の壁にも清造の自筆書簡額を二面までかかげ、至るところにその原稿やら葉書やら写真やらを飾って、あくまでも自分の為の"展示"をしている。それらは、入手までの経路に紆余曲折したものもかなりある。殊に『根津権現裏』の、その出版に尽力した友人作家、三上於菟吉宛の署名本や、後年改稿して刊行された聚芳閣版『根津権現裏』に、さらに清造自身が全体に訂正加筆をほどこした得がたい書き入れ本など、その入手には、実際なりふりを構わなかった。》(p41)

語り手が初めて読んだ『根津権現裏』はかなりカットされていました。

それで以前、古書店の販売目録に売価三十五万円の値がついた、無削除本の函付と云う完品が出ていたのを思い出し、ためしに問い合わせてみると、それはまだ売れずに在庫していると言う。考える間もなく、かなり無理な、返すアテもない借金をして手に入れ、その全文にありついたが、さらに圧倒的な程の共感を喚起された。》(p43)

『根津権現裏』(一九二二年)の無削除本
https://sumus.exblog.jp/15917660/

そして、その清造コレクションに共感を示してくれる女性と付き合い始めます。

「やっぱり、あなたは徹底してるわ。こういうのって、中途半端にやられちゃうと、そりゃ引きもするけど、ずっとあなたがしてたこの人の話も聞いてたし、ここまでやられると逆に感心しちゃうよ」と、まるで意に介さぬ風をみせてくれる。これにいよいよ数千万人に一人の女を得た思いの私は狂喜し、そのときはさらに調子づき、これまで稼ぎを全てつぎ込んで蒐集してきた藤澤清造の自筆類や、すでに原本で七割方は集めた藤澤著作の掲載雑誌百五十冊強、写真資料、なぞを自慢気に次々と持ち出してくると、女は私をよろこばせる為もあろう、ことごとく調子を合わせる優しさをみせるし、すでに話してあった、かねて準備中の清造の、別巻と併せて全七巻の全集の初校ゲラや、書き継いでる清造評伝の原稿も、アピールのダメ押しのつもりで見せると、やはりそれらもいかにも興味深そうに、ところどころは丹念に目を通すような風もみせる。》(110-111)

藤澤清造全集内容見本
https://sumus.exblog.jp/14828060/

この女性との愛憎模様が「どうで死ぬ身の一踊り」のキモなんですが、それは読んでのお楽しみ。しかし、それにしても藤澤清造全集をさっさと作って欲しかった。そのくらいの小金持ちにはなっていたでしょうに。かえすがえすも残念。西村賢太の集めた資料はどうなったのだろう? と思って検索してみますと、石川近代文学館へ収蔵されたもようです。その新資料収蔵記念展示が開催されます。

西村賢太が遺したもの
https://www.pref.ishikawa.jp/shiko-kinbun/西村賢太_チラシ(両面).pdf

これで良しとするしかありませんね。

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