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ねぢれた椅子にもたれ パインアツプルを喰ひ GOTHAM BOOK MART の 厚いカタログを読む


新装版『記号説 北園克衛詩集 1924-1941』(思潮社、2024年6月6日)
新装版『単調な空間 北園克衛詩集 1949-1978』(思潮社、2024年6月6日)

新装版『記号説 北園克衛詩集 1924-1941』、『単調な空間 北園克衛詩集 1949-1978』が届く。戦前と戦後で二分冊になった北園克衛詩作品のアンソロジーである。旧版が出たのは2014年だったから、早いもので、もう十年が流れ去った。北園克衛はさらに新しく、いよいよ大きくなっている。すでに紹介したようにフランス語のモノグラフィが刊行されるほどにも。

Kitasono Katué 1902-1978

『記号説』より
『単調な空間』より
『単調な空間』より


旧版が出たときブログに書いた感想の一部を引用しておく。

詩人としての北園の仕事と造型作家としての仕事を通覧しつつ、その精髄に触れる、そういった北園を知り尽くした編者ならではの練り抜かれた選集のように思う。

詩…文字の連なり…文字…記号…絵…写真…立体…それらは別々の仕事ではなく、その境界が不分明な北園を包む成層圏のようなあり方で北園のポエジィを表象している。それが手に取るように分る編輯である。
それぞれの巻に金澤氏の解説文が掲載された栞が挟まれている。

《また「記号説」の発展形であり、早すぎたヴィジュアル・ポエトリーの達成として知られる「図形説」が絵画的な線ではなく鉛の活字に託されていることは、この詩人の作品をグラフィックとして眺めるときに欠かせない特異なフェティシズムを示すものだろう。北園克衛にとって詩の正体とは、まず印刷された紙でなければならなかった。》(金澤一志「前衛の憂鬱」より)

この解説、ある意味、あまりにも的確で、読まない方がいいかもしれないとさえ思える鋭い内容だ。

2014-07-03

ざっと読み直していて、おお! と思う作品に出会った。それがこちら「休暇のバガテル」。全文引用しておく。

休暇のバガテル


水の帽子をかぶり
光る砂の上に
砕ける風の網とともに
透明な思考がちぢれる日

ねぢれた椅子にもたれ
パインアツプルを喰ひ
GOTHAM BOOK MART の
厚いカタログを読む


強烈な午後の
固い影にコルクは乾き
絶望はシヤボンを濡らした

非常にはやく
ガラスの水差しをさげ
黒い階段をのぼり
アヒルの孤独をからかふ

君の頸はほそく
カバンの上にかたむき
華奢なコツプのために
いきなり躓く

新装版『記号説』p116-115

何が「おお!」なのか、もうお分かりだろうが、《GOTHAM BOOK MARTの厚いカタログを読む》、ここである。

ゴッサム・ブック・マートはマンハッタンのミッドタウンにあった文学・芸術を専門とした伝説的な書店・古書店。単に本を売るだけでなくフィネガンズ・ウェイク協会やジェイムズ・ジョイズ協会の拠点ともなっており、作家による朗読会、展覧会なども開催された。戸口に掲げられた「Wise Men Fish Here 賢者はここで釣る」と記されたアイアンワークの看板が有名である。マルセル・デュシャンがショーウィンドウのディスプレイを手がけたこともあった。

Marcel Duchamp’s window display titled ‘Lazy Hardware’. 1945

「休暇のバガテル」は岩佐東一郎の尽力で刊行された詩集『固い卵』(文芸汎論社、1941年4月10日)に収められている。

ゴッサムは1940年1月1日にカタログ42号を刊行しており、その表紙は『フィネガンズ・ウェイク』刊行記念パーティのときにゴッサムの庭で撮影されたラス・ボワー(Ruth Bower)による絵で飾られている。北園克衛はいち早くこのカタログを入手していたと考えていいのだろうか。

We Moderns Gotham Book Mart 1920 - 1940 (Catalogue No. 42)

なお、ジェイムズ・ジョイスは北園の『固い卵』刊行に先立つ三カ月ほど前、チューリッヒの病院で十二指腸潰瘍穿孔の手術を受けた後、1941年1月13日に歿した(ウィキ「ジェイムズ・ジョイス」)。

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