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コーヒーもあの二杯だけでやめればよかったのかもしれない


常盤新平『東京の小さな喫茶店・再訪』(メディアパル、2008年12月10日)

表紙は「ワンモア」(江戸川区平井)のコーヒーとホットケーキ(撮影:関戸勇)。常盤新平さんは喫茶店好きとして知られる翻訳家、作家です。

常盤新平(ときわ・しんぺい)
1931年岩手県生まれ。早稲田大学文学部英文学科卒。10年間の編集者生活を経て文筆活動に入る。ゲイ・タリーズ、アーウィン・ショーなどアメリカの現代文学やニュー・ジャーナリズム作品を翻訳し、いち早く日本に紹介した。87年にはじめて書いた自伝的小説「遠いアメリカ」で直木賞を受賞。まだ見ぬアメリカへの強い憧憬と青年の揺れ動く心、ひたむきさを描いた、洗練されたエッセイにも定評があり、マフィア研究家としてもっ知られる。[下略]

奥付略歴より

亡くなられたのは本書の刊行から四年余りの後でした。《2013年(平成25年)1月22日、肺炎のため東京都町田市の病院で死去[スポニチ 2013年1月22日]。81歳没。》(ウィキペディア)

 喫茶店というと、じつにたくさんの名前が浮かんでくる。どれも懐かしい名前で、いままで生きてきた時間の二十分の一くらいは喫茶店で過ごしてきたのではないかと思う。私は十年ばかりサラリーマン生活を送ったが、その間喫茶店に行かなかったのは休日だけだったろう。東京ではじめて喫茶店にはいったのは、十九歳の四月だった。兄と新宿駅で落ちあい、二光という百貨店のとなりの喫茶店でコーヒーを飲んだ。生まれて二杯目のコーヒーだった。大学一年の、昭和二十五年(一九五〇)四月の十五日前後だったと思う。
 生まれてはじめてのコーヒーは、仙台で高校二年のころだった。飲み方を知らなくて、スプーンですくって飲んだのは恥ずかしい記憶である。従妹がケーキを食べさせてくれたのだが、西洋ではケーキにコーヒーはつきものだと教えられた。そのころには、「小さな喫茶店」という曲を知っていた。
 一杯目のコーヒーも二杯目もまずかったということしかおぼえていない。煙草と酒だってうまいものではなかった。だから、酒も煙草もやめておけばよかったし、コーヒーもあの二杯だけでやめればよかったのかもしれない。

p260-261(1994年版あとがき)

『東京の小さな喫茶店』は世界文化社から1994年に出た本です。そのときに十二軒取り上げたなかで、この『再訪』が出たときに健在だったのは五軒のみだとのこと。以下、本書で取り上げられている喫茶店のリストです。閉店したものも含まれています。

快生軒   日本橋人形町
ウエスト  銀座
壹真(かづま)神保町
雲水    墨田区堤通
ワンモア  江戸川区平井
理文路(りぶろ)日本橋丸善
しぶさわ  有楽町三信ビル
エリカ   飯田橋
もくれん  台東区上野
DAN    市ヶ谷
白いばら  高田馬場
すみれ   市ヶ谷
ピーター  西浅草
カフェ・イストヮール 水道橋
般若    虎ノ門
明石屋   秋葉原

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