絵本の野原もありまして、丁度野菜の様に生へてゐました
『ペータヘンの月世界旅行』、いやあ、これは面白いお話だった。ストーリーそのものは単純。五本足のコガネムシ、ズンゼマン氏(Maikäfers Herrn Sumsemann)がペーターとアンネリーゼの二人の純真な子供を連れて月世界へ行き、昔、先祖が奪われて、月の山に釘付けにされている六本目の脚を、子供らの助けによって取り戻す、というお話。自然現象や宇宙が擬人化(擬神化)されて登場するところはギリシャ神話みたいだが、北方らしいファンタジーが、分かりやすい日本語(散見される古めかしい言葉づかいも一興です)で語られていて、一ページ目から引き込まれた。
ペータヘンの月世界旅行 書肆盛林堂
https://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca1/1119/p-r-s/
本書の元本は大正十五年に慶文堂書店から刊行された田村明一『ペータヘンの月世界旅行』の第六版。それを挿絵とともに復刊した。田村明一は化学者で新潟高等学校教授だったようである。化学に関する教科書などの著作を多数残しているが、そのなかに混じる異色な一冊が、この子供向けのメルヒェンである。
ペータヘンの月世界旅行(プレゼント叢書)
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000814780
原作はバッセヴィッツ(Gerdt von Bassewitz, 1878-1923)の『Peterchens Mondfahrt』(1915)。元はライプツッヒの旧劇場で初演された童話劇「ペータヘンの月世界旅行 Peterchens Mondfahrt」であった。ドイツでは誰もが知るお話らしい。英語版は『Little Peter's Journey to the Moon』(近年は『Peter and Anneli's Journey to the Moon』と兄妹連名のタイトルになってます)。
Peterchens Mondfahrt
https://de.wikipedia.org/wiki/Peterchens_Mondfahrt
表紙画および挿絵はハンス・バルシェック。画家・イラストレーターとして知られており、本書が代表作のようである。
Hans Baluschek
https://de.wikipedia.org/wiki/Hans_Baluschek
大正十五年の和訳ということで、たとえば、兄妹の寝室へズンゼマンが飛び込んできて、やけくそで踊るコガネムシのダンスの歌詞。なお maikäfers というのはいわゆる緑色のコガネムシとは違って羽は焦茶色だそう。
この擬音語ですぐに連想されるのが、野川隆が始めた『GE・GJMGJGAM・PRRR・GJMGEM(ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム)』(大正十三年)という雑誌名である。北園克衛は《すでにその頃創立したワイマールのバウハウスの運動のような知的なセンスによる詩の構築をはじめようとする心がまえがあった、と回想している》(藤富保男『評伝北園克衛』p17)そうだから、このメルヘンもその語感とまったく無関係ではないのかもしれない。
もうひとつ、月に到着した子供らが「クリスマスの野原」を通っているときに目にしたなかに、こんなものがあった。
ふ〜む、本の畑ですか・・・素晴らしい。