ネタ未満「湿布の恩返し」
最近最近ある安アパートに田中やすおという、社会人一年目の青年がいました。
やすおはやること全てが新しい環境に戸惑いながらも、仕事を覚えるために必死な日々を過ごしていました。
そんなやすおですが、仕事がない日は無趣味が故に特にやることも思い付かず、天井を眺め続けるのがデフォルトの過ごし方でした。
「あーあ、せっかく仕事休みなのに、何にもやることないなぁ。」
コンコン…
「ごめんくださ~い」
「ん?誰だろ、は~い」
ガチャ
「すいません、あっ、こんばんは……あの…いきなり訪ねてきてすみませんあの…私の事って…」
「えっ、いや、どちら様ですか?」
「そうですよね……姿形はすっかり違いますから、分からなくて当然です。」
そこには、真っ白の着物に真っ白の手袋を着けた、170cmくらいの黒髪ロング女性が立っていました。
「あの、それでどんなご要件でしょうか…」
やすおは疑いながらも、女性が尋ねて来た事が嬉しくて淡い期待を持っていました。
(ん…なんだ?スースーした匂いが…なんか嗅いだことある匂いだけどなんだろ?)
ふと、やすおの鼻にツンとした匂いが入りこんできました。
「あの…私…あなたに先日助けていただきました湿布でございます。」
「しっぷ!?湿布!?SHIP!?」
最後のは船です。
そう、やすおの鼻にお邪魔した匂いは湿布のあのツンとした匂いでした。
「えっ、湿布!?ちょっと全然意味がわかんないんですけどぉ!」
状況が掴めず、やすおは思わず少し昔のギャルみたいな語尾になってしまいました。
「あなたは1週間前の深夜に道でくちゃくちゃになって落ちていた湿布を、まだ使えるじゃんと手首に貼ってくれましたよね?」
「えっ!?そんな事あったっけ??あぁっ、飲み会があってその帰りにそういえば、、」
やすおは記憶力がいいタイプで、すぐに思い出しました。
「そのままくちゃくちゃに朽ち果てる運命だった私を最後まで面倒みてくれてその説は大変お世話になりました。」
「はぁ。」
「あと、いきなり訪ねて来た人が誰なのかをドアスコープで確認しないのは危険なので気をつけた方がいいですよ?」
湿布の割りには人間のやすおよりセキュリティ観念がしっかりしていました。
「モヤッとするな……で、要件は何でしょうか…。」
「はい、それで私はあなたに恩返しをしにきました。」
「恩返し??絵本でお馴染みの?あれですか?」
「えほん?えほんとはどういった……」
姿は人間ですがいうて湿布なので絵本というものがわかっていませんでした。
「あぁ、いいや、なんでもないです。あの、とりあえずめちゃめちゃ怪しいんで、警察呼びますね?」
「あぁ!ちょっと待ってください!そんな!国家権力は勘弁してください!」
本当に身の危険を感じるものは学んでいるようでした。
「だって、いきなり来て湿布だとか恩返しだとか言い出してとんでもなく怪しいじゃないですか!」
「では、どうしたら信じてくれますか?本当に私が湿布という事を、どうやったら受け入れてくれるのですか??」
「いやいや、どうしたって信じられませんって!とにかく、もうお引き取りください!あいた!」
やすおは自分の事を湿布と呼ぶ女性を強引に帰らせようとして腕を酷くドアに打ち付けてしまいました。
「いててぇ、あぁ、これはアザになってしまう、、」
「あ!大丈夫ですか!?ちょっとそのままじっとしていてください!」
そう言うと湿布はやすおの腕にそっと自分の手を置きました。
すると、なんということでしょう、ぶつけた箇所の赤みがみるみるうちに引いていくではありませんか。
「えっ!えーーーっ!?すごい!痛みが引いていく!なんで!?」
「わかってくれました?私が湿布だと言う事が。これも私の鎮痛効果のお陰なのです。」
「これは…すごいな……あんた本当にその……」
「はい、湿布でございます。あの、わかってくださいましたか?でしたらそろそろ中の方に…」
かれこれ玄関先で40分くらい経ちました。
「あっ、あぁ!はい!はい!ど、どうぞ」
やすおは目の前で奇跡を見せられてすんなりと信じ、湿布を部屋の中に案内しました。
「へぇー、あの時も手首に貼られたままお邪魔しましたけど、なんだか新鮮です!」
「あ、そうか、ほんとにあんたあの時の湿布なんだ」
「だから!何回も言ってるじゃないですかぁー!もうー」
ぷくっとほっぺを膨らませ、むつれた顔をする彼女にやすおは平成初期?と思いました。
「で、湿布さん?でいいのかな、恩返しって何をしてくれるんでしょうか?」
「あっ、あぁ!恩返し!そう!恩返しなんですけど、あのケガされてる所はありませんか?打ち身など打撲系の」
「いやっ、今さっきぶつけた所以外は全く………」
「そうですか…あの……何処でもいいので身体の何処かをぶつけてもらえませんでしょうか……」
湿布は急に怖い事を要求してきました。
「えっ、やですよ。物騒な事言わないでくださいよ。」
「そうですよね、いや、どうしよう…」
「え。もしかして恩返しって…」
「はい、私はあくまで湿布でございます。やれる事と言ったら鎮痛くらいなものでして…」
「なんか生地織るとかしないの!?それでしょ!?恩返しといえば!」
「生地…………仮に織ったところでご利用になります?」
湿布は真理を突いてきました。
「ぐうの音も出ない……じゃあどうするんですか?」
「あ、腰痛などをお持ちじゃないですか?腰じゃなくてもどこか筋を痛めてる所はありませんか!?どこか!どこか痛いところは!?……あっ、すみません……私としたことが恩人の体がボロボロになってることを期待してしまうなんて…ひどい湿布ですね…」
「何がしたいんですか、ずっと1人で取り乱して……」
「いや、私はほんとに助けて下さったあなたの為に湿布として再びお役に立ちたかったんです!ただそれだけなんですぅ!」
「もう何もないなら帰ってくれませんか!?僕だって暇じゃないんですよ!」
暇なのをバレたくなくて嘘をつきました。
「いや!そんなこと言わないでくださいよ!そしたら3日!3日居させてください!その間にもしかしたら身体をぶつけるかもしれないじゃないですか!」
「なんで人がケガするのを期待してるんですか!ちょっと怖い!もういいから帰ってください!」ガタン!
やすおが湿布を帰そうと押した時、棚に2人がぶつかり何かが落ちてきました。
「あっ!すみません!何が落としてしまいました………えっ、これって……」
落としたものを手にした時、湿布はそれを見て青ざめました。
「これって……アンメルツヨコヨコですよね……」
「あ、あぁ、そうですけど」
「ははっ、持ってるなら、そう言ってくれればいいのに…そりゃあ私はお呼びじゃないですよね…液体で浸透させる便利な物があるんだから!」
「いやどうしたんですか、そんなもんどこの家にだってあるでしょうに。」
「じゃあ家に入れないでくださいよ、変に期待しちゃったじゃないですか!弄ばれた……」
「変な事言わないでくださいよ!どちらにせよ今は間に合ってたんです!」
「玄関で知ってたら変に傷つかなかったのに……いいですか?この心の傷は私の鎮痛効果でも癒す事は出来ません。あなたはそれくらいのケガをさせたんですからね!」
「急に何ですか!勝手に押しかけてきたのそっちなのに!もういいですから、出てってください!」
「言われなくても出て行きますよ!あーあ!なんて人に貼られてしまったんだろーなぁー!」
湿布はもうやけっぱちになっていました。
「あーあー!もうやだやだやだ!ペチペチペチ」
怒った湿布は自分から出る粘着質の物質をやすおの部屋中に移していきました。
「やめろ!部屋がベタベタになるだろ!」
「えー!なんですかぁー?聞こえなーい!」
もう厄介そのものでしかなくなった湿布は身体をクルクル回しながら部屋中を巡りに巡りました。
「あぁ、、辺り一帯がベタベタに……」
まだ更新まで1年以上あるやすおの部屋はやけになった湿布のせいでベタベタになってしまいました。
「はぁー!スッキリした!なんかさっきまでのイライラが嘘のようです!ありがとうございました!」
湿布は好き放題やった後、とんでもなく高揚した顔をやすおに向けて嫌味ったらしくお礼をしました。
「ちくしょう…もう疲れたわ……いいから早く出てってくれよ…」
「はい!もうスッキリしたので出ますね!お邪魔しました!」ガチャガチャ!バン!!!
感じの悪くなった湿布は清々しくも嫌な気持ちを残す絶妙なバランスの挨拶をして、やすおの部屋を出ていきました。
「あー…くそ…なんでこんな目に……くそぉ……」一気に疲れが身体を襲いやすおはぐったりと身体を倒しました。
「あー、床もベタベタしてる……んだよー……あれ………スースーする……あれ?なんか……身体がスーッと楽に……」
そう、やけを起こしたっちゃあ起こした湿布ですが、結果的に部屋全体を湿布と同じような環境にした事でやすおの身体を癒すことに成功しておりました。
「えぇーいやぁーこれは、うん、まぁ、納得しづらいなぁ…」
やすおはモヤモヤしながらも湿布の効果に身体を委ね、その日は今までで経験した事ないくらいぐっすり眠れたそうな。
めでたしめでたし。
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