たった2枚のアルバムでジャズを!?
この記事を読むと2時間くらいでジャズを履修…できます。ジャズって言うのはアレだラーメン屋で流れてるやつ。
1枚目:Live in Tokyo/Bill Evans
ビル・エヴァンスは最も有名なジャズピアニストの一人です。その演奏は繊細で非常に美しく「ジャズピアノ」のイメージの開祖と言っても過言ではないと思います。
もちろん多くのレコード・CDが発売されてきました。が……音質が相当貧弱なのです。「エクスプロレイションズ」とピアノソロ数枚を除いて相当厳しい…音が繊細って言っとろうが😡
自分の楽器を持ち歩けないピアニストにとって、ライブ録音は極めて難しい作業なのです。というのも
1.会場によく調律されたピアノがあり
2.会場の音響に問題がなく
3.レコーディングエンジニアの腕がよく
4.本番でよい演奏をする
という四重の条件があるからです。ジャズは1950年代から70年代にかけて全盛期を迎えましたが、当時の演奏家にとってはガチャで当たりを引くようなものでした。
このアルバムは1973年の東京 (現在のメルパルクホール) で行われたコンサートのライブ録音です。この頃、東京には居たのです、音に異常な執着を示す連中、そうSonyが……。
可聴域がたぶん96000Hzくらいまである日本人たちは、当時において最高のピアノ、機材、エンジニアで臨み、凄い仕事をしたようです。おかげで50年後、2020年代のハイレゾ音楽に慣れきった人間にさえ受け入れられる素晴らしい仕上がりになっています。
早速聴いていきましょう。冒頭の2曲は昔の歌のアレンジです。タイトルの通り、冬の朝に差し込む日差しのように眩く澄んだ音楽です。特にUp With The Larkの異常な完成度は一聴して絶対に損をしないレベルだと思います。
ここに欲しいというタイミングで刻まれる左手は空中を散歩するようですし、右手はロングドリンクの氷が溶けてコトンと鳴る、あの音がします。両手が合わさると高層階のラウンジで飲んでいるようなモンだよ……(場所の再定義)
革張りの高級感。そして高揚と酩酊。そう、この音楽はラーメン屋やステーション・バーから相当離れたところで鳴っています。正装していないオヤジなど立ち入りを許されない領域なのです。
主観になりますが、ジャズというジャンルが得意とする表現の一つに「期待 (expectation)」があると思います。盛り上がりを演出するのに適した表現形態であり、それ故に飲食店で使われるのでしょう。
この演奏は違います。ここにあるのは期待を越えた先にある多幸感そのものであり、いずれ鬱にも効くレベルの脳内麻薬です。
次は泡の出るやつをいきましょう🥂少しテンポの速い「T.T.T.T.」や「Gloria's Step」、アンコールの「Green Dolphin Street」などを聴くと、爽快なドライブ感と、濃縮された時間の中で押し寄せてくる美音の奔流に圧倒されます。
ライブですのでピアノが走ったり躓くような箇所も有りますが、天国的な音の美しさに崩れは全くなく、最後までネクタイを緩めない、優雅な演舞を見せてくれます。
音質・演奏ともに、これを外して他を推すなどあり得ない、聴く喜びに満ちた間違いのない一枚です。
2枚目:LIVE-EVIL/Miles Davis
マイルス・デイヴィスはトランペッター。ですが、プロデューサーとしても非常に高い能力を持っていました。様々な「ism」を駆け巡ったジャズの歴史のどこにでも顔を出す、20世紀芸術でのパブロ・ピカソのような存在です。
このアルバムは、ジャズロックとかフュージョンと呼ばれる新しい音楽ジャンルに足を踏み入れた頃の録音です。フュージョンっていうのはアレだ…ルパン三世の劇伴で流れて来るやつ。
ギター、ベース、ピアノすべてエレキ。トランペットにもエフェクターをかけるという、当時としては実験的な音楽です。暖かく歪んだアナログサウンド、音質、臨場感全てが完璧です。
聴くのは二枚目のディスクです。一曲目のSelimはMilesを逆さに読んだものです。余談ですがSivadという曲がDavisの反対にあたります。
この曲は実はスタジオ録音で、ライブではありません。このアルバムは、スタジオ録音と編集したライブ録音を並べるという作為的な構成を採っています。
暗い。根暗の音楽です。プログレです。この2枚目の特徴はとにかく怖いこと。クレンペラー指揮の大地の歌と同じく、余程の事がないかぎり取り出したくない。それ程の負のエネルギーや支配力を秘めた音楽なのです。
すぐに2曲目のFunky Tonkが始まりますが、ドス黒い創造と破壊の欲望が暴れ回る、まさに神懸かりです。
1曲目で私たちが聴いたのは、彼が破壊した聖域の残骸だったのですね。前述のSivadはヒンドゥー教の神シヴァを意味するなどという、どう考えてもトンでいる解説も説得力を帯びてくるってもんです。
世界がどんどんバグって行く中で、理性があげる悲鳴がトランペットのソロから聞こえてきます。真夏の車酔いのような、あるいは一泊三日で七大地獄周遊の旅みたいな激しい無理矢理さと強い疲労を感じます。癒されるのはサックスが下手なことだけ。
正気のまま狂気の世界へ踏み入って延々歩かされる気分を味わわされます。途中朦朧とするどころか、映画「地獄の黙示録」みたいに深みに至るにつれてドンドン感覚が研ぎ澄まされていく超解像度の辛さ🥺
理性を振り絞って分析すれば、自由で前衛的ではありつつも調性感やスケールが残っているところに、編集で変形させられたために、そのように感じられるのだと思います。例えばフリージャズを聴いてもこのような感じは受けません。
このトラックは前半がDirections、後半がHonky Tonkという曲で構成されています。ジャズのお約束として、テーマを提示してからアドリブ。もう一度テーマを演奏して終わり、というのがありますが、ここでは最初のテーマがカットされており、14分を過ぎたあたりでDirectionsのテーマが初めて登場します。でも、その頃には聴く側はクッタクタです。
ネガティブな側面ばかり強調しましたが、演奏の質・強度は類を見ない逸品です。異常な集中力と緊迫感。完璧なテクニック。ここまで凄みのある録音芸術は、比べるものがなかなか見つかりません。凄いぞ。
これは緩い部分をカットした編集のお陰でもありますが、天才たちがライブの中で互いに切磋琢磨しつつセッションを重ねると、ここまで行くという、ジャズの核心を理解できる素晴らしいスターターパックになっています。
ジャズというジャンルが得意とする表現に「哀愁」「クール」があります。ハードボイルドによく合った音楽です。そこには往々にして主人公がおり、その裏には世界観があるわけなのですが、一歩間違えると世界は裏返り、狂気や妄執へと迷い込んでしまうのかもしれません。
余談ですが、evilには良い意味が無いですよね。wickedとかsickのように元は悪い意味でもスラングになると反対に良い意味になる言葉は多々あるのに。
漫画「BLUE GIANT」が面白い。この主人公は一体どんな音楽を鳴らしているんだろうと考える。また、最近の演奏家(例えばクリスチャン・スコット)の中にも感銘を受ける。でもこんな、血液から古代の神が沸き出てくるような呪われた人というのは当代では絶対出てこないだろうな、とわからせられてしまう一枚です。
ここから遡って、Bitches Brewやワイト島でのライブを聴くと、元々どういう音楽だったのか理解できます。時代順に進んで行けば、アメリカでもアフリカでもない幻想の大陸に行き着くこともできます。
まとめ
この記事では、天国的な音楽と地獄のような音楽を紹介しました。これら二つの中間の音楽は世の中に掃いて捨てるほど沢山ありますが、まずは天国と地獄を行ったり来たりして「整う」感覚を体感するのがオススメです。
一応断っておきます。たった2枚でジャンルを網羅するのはもちろん無理。クラシック音楽はマタイ受難曲とトゥーランガリラだけで分かりますと言われたら長文批判コメ不可避ですからね。やらないでね。
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