青い眼のマリア

 嵐が先に来た。誰かの呼び声が固まり、唾を地面に吐き捨てると、壁をゴキブリが這う奇怪な音がした。この木屋で生活して3年になる。保安官の安西がいつも私の朝食と夕食をとどけてくれる。死人のように青い顔をした安西は毎夜3時に寝ているらしい。呼び声の主は誰か。安西の来る時間帯ではない。私にはわからない。女だろうか。男だろうか。それさえ検討がつかない。嵐が先に来たのは事実である。嵐は木屋を大きく揺らし、木屋ごと吹っ飛ぶのではないかと不安になった。すると嵐がまた来た。木屋の扉が吹き飛ばされると同時に、体勢を崩し、地面に倒れ込む女が血だらけの姿で私の方を一瞥すると眠った。この女は青い眼をしていた。青い眼を私は欲しかった。ボロ雑巾のような灰色の汚れた鏡を覗いた。確かに私だった。だがなんだこの見た目は。この汚い瞳は。だんだんと羞恥心に苛まれ、安西の外での生活が羨ましくなった。私はあの女の眼を欲した。

 翌朝、女は眼を覚ますと、名をマリアと名乗った。私はマリアの青い眼を美しいと思った。なぜ、私がこの木屋に住んでいるのかと聞かれたので自分でもよくわからないと言った。マリアは地面に鋭い恐竜のような爪で詩を書いた。こんな詩だ。

 あの夜のあの人のあの罪それつまりあの罰

 マリアと生活しているとここの生活も悪くはないと思うようになった。マリアはよく喋る。退屈が紛れる。ある時マリアは外の感化院から来たと言った。医者に性交を毎日のように強要されたので逃げるように飛び出してきたらしい。マリアの裸を妄想した。すると、乳白色の壁を這うゴキブリが突然鳥のように飛び立ち外へといった。私は鬼になろうと決めた。マリアを押し倒すと、マリアの青い左眼に細長い木の棒を刺しぐるぐると回すと、青い血が滴る。目玉が飛び出る。それを摘んで長い長い夜が続く外へ持ち出し洋燈の代わりに使い、目玉が発するその青い光を頼りに私は駆けた。振り返る。保安官たちが馬に乗って追いかけてくる。捕まるのはわかっていた。だがゴキブリで終わるのは嫌だった。落ちた。私は落ちたのだ。落とし穴だった。落とし穴の中には裸の男が鎖で繋がれていた。壁中にゴキブリが数え切れないくらい奴隷のように這っていた。男は聾唖者なのか何を言ってるかわからなかった。上を見あげると保安官たちが談笑していた。やはりゴキブリたちは飛ばなかった。マリアの目玉は光を失った。

 

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