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初めて遊んだクトゥルフ神話TRPGで友達がこの世から姿を消した

何年も前のこと。ナカウチが僕たちのグループに『クトゥルフ神話TRPG』なるものを持ち込んできた。

性別や年齢、容姿や職業にいたるまで自分で決めてキャラを作成し、怖い物語の謎を解くのだという。おもしろそうだと思い、僕たちはプレイすることにした。

物語の序盤、キーパーの友達が「はい、あなたたちはどうしますか?」と言った。ナカウチは、とりあえずバーに行こうと提案してきた。なるほど、と思って僕らはバーへ行った。

すると、ナカウチはバーテンダーに向かって

「マスター、バーボンを一杯くれないか?」

そう言った。すごいイケボで言った。腹から声が出ていた。完璧な腹式呼吸だ。人差し指を立てて、キーパーの目を見つめて言っていた。なんだそれ。ナカウチはそんな人じゃない。バーボンなんて飲んだことないのに。普段は「お酒イヤだーーー」しか言わないのに。

なんだかわからないけど、ナカウチがよくわからない自分が作ったキャラになりきっていた。このゲームは、自分以外の「誰か」になりきるのだろうか。そうじゃないとあんな人差し指はありえない。モンシロチョウが蜜を吸いにやってきそうな、凛とした佇まいの人差し指だった。僕たちモンシロチョウは、みんなナカウチの人差し指に注目していた。あんなにも人差し指を見た日は、おそらく生涯やってこない。

ナカウチは、このキャラクターシートに書いてある大学教授の「トビー・ウォード」になりきっている。それに従えば、僕も「しなやか和尚」としてプレイしなきゃいけないということか。

「ロールプレイ」という展開に、僕らは完全に動揺した。トビー・ウォードが注文していたバーボンは全然出てこない。バーのマスターことキーパーの友達は、恥ずかしいのかナカウチの口の辺りを見て「あ、あぁ…」と言っていた。

少なくともこの瞬間、ナカウチはこの世にいなかった。クトゥルフ神話TRPGによって姿を消されてしまった。肉体だけはかろうじてナカウチのままで、心はトビー・ウォードへと変わってしまった。「言いくるめ」と「聞き耳」がすごい大学教授だ。たまに「そいつは名案だ」と言ってくる。絶対にそんな人の講義は受けたくない。単位くれなさそう。えげつないマウントをとってきそう。でも、たまにご飯を奢ってくれそう。

その後もナカウチは、TRPGのセッションをするたびにこの世から消えた。そのたびに僕らは「あ、いなくなった」と友達を失った気持ちをおぼえるのだった。

僕らもすっかりロールプレイに慣れた。セッションの間だけ僕たちは「誰か」になり、ときにはマフィアと銃撃戦をして、ときには大いなる何かに喰われそうにもなった。

そして最近、『milestone』を製作するにあたって、色々な人たちのセッション動画を見た。誰もキャラになりきっていなかった。ふつうに「あ、じゃあ医学でお願いします」と言っていた。誰もマスターにイケボでバーボンを頼んでなかったし、「そいつは名案だ」も言っていなかった。

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